第150回 管理職に求められるリーダーシップ行動の変容 〜指示・命令から傾聴そして支援へ〜

2023.6.9 山口 裕幸(九州大学 教授)

 近年注目を集めるリーダーシップ理論として、サーバント(servant:奉仕者的)リーダーシップやハンブル(humble:謙虚な)リーダーシップ、さらにはセキュアベース(securebase:安全基地)リーダーシップ、インクルーシブ(inclusive:包摂的)リーダーシップ等があげられる。これらの理論に共通する特性は、部下の自主性とやる気を引き出し、成長を促す働きかけに重心を置いていることがあげられる。

 なぜ部下育成を主眼とする理論が次々と提唱され、注目を集めるのであろうか。その大きな理由のひとつに、管理職がその判断のもとに部下を指示や命令で動かすことよりも、部下が状況に応じて的確に判断し、行動する力量を高めることの方が、創造的変革を実践し持続可能性の高い組織に近づくには"合理的で効率的なアプローチ"であると考えられることがある。

 こうしたリーダーシップ観の変容は、組織管理に対する観念の変化を反映したものと言えるだろう。旧来の組織管理は、職階に基づく権力や規則によって成員を支配し統制する"ガバメント型"を基本としてきた。しかし、長期にわたって組織を生産的に管理していくには、組織成員間の葛藤を適切に解決しながら、外的環境に適応していく必要がある。そうした葛藤解決や環境適応を適切に行っていくには、対話と調整によって成員を統治する"ガバナンス型"を加味していく必要性が指摘されるようになっている(図1参照)。

 対話と調整とは、部下の話を傾聴し、部下が自律的に問題解決していく行動を支援することを意味する。冒頭で取り上げた部下育成を重視するリーダーシップ理論は、このような組織管理観、リーダーシップ観の変容に刺激を受けて発想されたものと見ることもできるだろう。

 例えば、組織行動学の重鎮シャイン(E.H.Schein)が提唱しているハンブル・リーダーシップにおいては、部下・同僚との「関係(過去のやりとりに基づいて見たい、互いの行動を、互いに予想できる状態)」をベースとしてリーダーシップを考えることの大切さが指摘されている。その中で、関係はレベル-1から3までの4段階に区分されていて、レベル2(=同僚や部下との間で個人としての全人格を認め合う関係)以上の関係構築が期待されている。

 部下育成の重要性は管理職に就くほとんどの人が認識しているものだろう。部下の話に耳を傾け、自律的な問題解決を促すことの大切さも理解しているだろう。しかしながら、これらのことは、「頭ではわかっていても、つい忘れてしまいがち」な行動指針であるようだ。

 というのも、次のような心理過程が存在すると思われるからである。すなわち、管理職に就いても、それが最終の目的地であるわけではない。管理職としてさらなる自己の成長と地位向上を目指すがゆえに、担当する部署の目標達成と成果向上に直結する仕事に優先して取り組むことになる。すなわち、自己の課題達成を指向する傾向はむしろ強くなる。「部下をきちんと統率して、動かし、目標を達成させる」方向に行動指針の重心が傾くのも無理からぬところである。

 しかも、管理職には人事評価や会計承認などの権限という伝家の宝刀が与えられている。部下を動かそうとするとき、権限の行使は安易な選択だと言われるだろうが、それでも効果的な武器になる。むしろ、容易に行使できるからこそ、部下を支持・命令で動かそうとして権限を振りかざす傾向に歯止めがかかりにくいとも言えるだろう。

 学校教育を見てもスポーツ指導を見ても、かつてのような体罰や叱責に依存した「無理にもやらせる」やり方は通用しなくなっている。コーチングの重要性も注目されている。まずは、部下を「自分の支配下にある目下の存在」としてとらえるのではなく、「自分と一緒に目標達成に取り組む協働者」としてとらえるところから始めることが大事だろう。信頼や敬意といったかなり高尚な人間関係の構築までを、いきなり必須条件として考えなくてもよいと思われる。「部下達が自律的に動き、成果をあげてくれるようになれば、自分も少しは楽になるなぁ」というくらいに考えて、部下の力量が高まることを期待して働きかけていくことが、少し遠回りで時間はかかっても、自分の管理職としての力量を高め、組織の持続可能性をも高めることにつながると考えられる。

※先生のご所属は執筆当時のものです。

関連サービス

関連記事一覧