第59回 会議の社会心理学(8)-職場の仲間と情報を共有するための知恵-
2015.06.15 山口 裕幸 先生
会議で情報交換して、意見交換も議論もしたのであれば、参加したみんなは同じ情報を共有しているはずだと、だれもが期待してしまうものだが、そう単純に事態は進まないことを前回は紹介した。人間の情報処理のプロセスには、多種多様なバイアスが働いていて、思いもつかないような結果に結びつくこともあるのである。とはいっても、それならばしょうがないと簡単にあきらめてしまうこともできない。他のメンバーが持っている情報で、みんなの役に立ちそうなものは、是非とも共有できるようにしたいものだ。それに加えて、日々絶え間なく飛び込んでくる各種の情報を全て記憶しておくのは、誰にとっても極めて難しいことである。このような問題を克服するための工夫はないものだろうか。
コンピュータやネットワーク技術の発展によって、我々の日々のコミュニケーションは飛躍的に早く大量に、かつ正確になってきた。そうした優れたICT(情報コミュニケーション技術:Information and Communication Technology)環境を生かしてグループのコミュニケーションをサポートするグループウェアと呼ばれるシステムの開発が進んできた。こうした技術革新は、組織メンバーの情報共有を促進する可能性は高い。ただ、前回紹介した「係留のヒューリスティック」等は、無自覚のうちに個人の認知のプロセスで働くので、たとえメンバー間のコミュニケーション・システムを良質のものにしても、個人の心の中では、他のメンバーからの情報の重みはついつい軽くなってしまう可能性も残っている点は注意が必要である。
ICTの発展は、業務を進めるうえで大量の情報を処理しなければならない状況を生み出している。実際に仕事をしている人々にとって、いちいち全てを記憶しておくことなど不可能なのが実情であろう。こうなると、共有すべき情報は互いの記憶システムの容量をすぐにオーバーフローしてしまう。ここで活躍するのが、ウェグナー(Wegner, 1987)が、対人交流型記憶システム(Transactive Memory System)と名づけた情報共有の仕組みである。どんな仕組みかというと、極めてオーソドックスな方法である。
集団や組織に入ってくる情報を、メンバー各自が全て記憶したり保持したりするのは、あまりに大変である。したがって、我々は次のように工夫する。財務に関する情報は○○さんが責任を持って記憶し、保管する。A地区の営業活動関係は◇◇さん、B地区のそれは□□さんが、人事関係の情報は△△さんが、それぞれ責任者になる。だから、財務関係で確認したい情報があるときには、○○さんに尋ねれば良い、という仕組みにしよう、というわけである。要するに、情報の種類や特性に応じてカテゴリー分類をしたうえで、それぞれのカテゴリーの担当者を決める役割分担を行うのである。
このシステムは、「このような案件に関する情報は、この組織では誰が詳しいのか」に関するメタ知識を共有しておけば、詳細で多様な情報をいちいちメンバーが記憶する必要はない点で、情報共有のための組織コミュニケーションを効率化する極めて優れたシステムであると言える。組織においては、基本的に業務遂行上の役割分担をしているので、各メンバーが、自分はどの業務に関わる情報の保管に責任を持つべきなのかについてはきちんと認識できることが一般的だ。問題は、他のメンバーがどんな業務の責任者であり、いかなる情報を持っている人なのかについての知識がきちんと明確に持てているか、という点である。
対人交流型記憶システムは、予め明確な役割分担はしない友人集団でも、自然発生的に構築されることがある。交流する中で、次第にお互いの役割が生まれ、その役割に関連の深い情報について、他のメンバーが尋ねることで、いつしか集団内の情報処理・保管システムとなっていくと考えられる。職場でも毎日顔を合わせて仕事をする身近な仲間うちならば、そんな知識は苦労するまでもなく、短期間で身につくだろう。しかし、関連する業務の範囲が広くなるほどに、必要な情報が発生してから、どの部署に問い合わせたらよいのかあたふたと思案することになる。ここは工夫が必要だ。
「誰が何を知っている」という知識はメタ知識と呼ばれる。直接当該の知識は持っていなくても、「○○さんに尋ねればわかる」ということを知っていることで、集団や組織としては、情報が共有できる基盤は整っていることになる。インターネットに簡単にアクセスできる今日、こうしたメタ知識は、ネット上でも成立している。学術情報ならば※※にアクセスすると確かな情報が得られるし、料理のレシピなら●●、コンパ会場を探すなら■■といった具合である。企業や官庁の組織でも、まずは所属する組織のポータルサイトにアクセスすれば、メンバーの持つ様々な情報に触れることができるようにシステム化が進んでいる。これは、メタ知識さえをも一元化して、組織の情報共有をはかる取り組みであり、必要だと上述した工夫の具体例のひとつといえるだろう。
さて、情報を共有することの難しさと、それを克服する工夫について考えてみた。会議に関する社会心理学的な論考も長くなってきたので、ひとまず今回で区切りとしたい。話し合いから情報共有へと話題が進んできたので、次回からは、情報を共有することで果たしてどんないいことが起こるのかについて、社会心理学の研究知見を参考にして論考していくことにしたい。まずは、集合知性(collective intelligence)の話から始める予定である。
【引用文献】
Wegner, D. M. (1987). Transactive memory: A contemporary analysis of the group mind. In B. Mullen & G. R. Goethals (Eds.), Theories of group behavior (pp. 185-205). New York: Springer-Verlag.
※先生のご所属は執筆当時のものです。
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