第154回 「部下を動かす」力について考える~監督と管理者の違いに注目しながら~

2023.10.6 山口 裕幸(九州大学 教授)

 野球やサッカーをはじめとして、プロスポーツの監督やコーチの中には、選手の不成績や失敗を嘆き、批判する発言をメディアに吐露していることがある。感情的にはわからなくはない行為であるが、選手たちのモチベーションやチーム全体の士気には、少なからず良くない影響があるのは間違いないだろう。

 ビジネスの世界でも、部下に対して同様の行為に走る管理者を見かけることはよくある。昨今はパワー・ハラスメントに配慮する組織コンプライアンスの浸透もあって、感情にまかせた叱責や批判は慎むべきであることは理解されつつある。それでも、部下に対してはついつい強硬な態度で接してしまう管理者が後を絶たないのが現実であろう。

 ご存じの方も多いと思われるが、日本では、野球でもサッカーでもチームの管理者は「監督」と称されることが多い。他方、アメリカでは野球の場合はマネージャー、バスケットボールやフットボールの場合はヘッドコーチと称される。「監督」を英語に直訳すると、supervisor(指揮する人)やdirector(指示者)となる。国語辞典を引くと「仕事・現場を取り仕切り、指導する人」という意味があることがわかる。それに対して、マネージャーは、経営者、責任者、やりくりする人、という意味あいが強い。「監督」と称すること自体、日本では"管理者は権力者である"というニュアンスが強く含まれているように感じられる。

 実際の仕事ぶりを見ていると、日本で主流の「監督」の場合、状況を的確に判断し、部下に指示・命令を出して、現場を取り締まる役割に重心があり、アメリカで主流の「マネージャー」というと、部下が業績を上げるようにさまざまに取り計らい段取りする役割の方に重心がある。マネージャーの役割を具体的な行動指針で示してくれるものとしてコーチングの取り組みが挙げられるだろう。

 コーチングは、部下や選手が自分で的確に判断し、最善の行動を選択できるようにしてあげる取り組みである。部下や選手にあれこれと指示を出してやらせるのはコーチの役割としては的外れで、部下や選手の日頃の仕事ぶり、練習ぶりをよく見守り、その観察した事実に基づいて、一緒に考え、選手や部下自身が自分で考えて、正しい判断と行動を選択する力を育成していくところにコーチングの本質がある。

 コーチングでは、答えは部下や選手自身が元々持っているのであって、それに気づかせてあげることが眼目である。あれこれと指示・命令するのは、コーチとしてはよほどの緊急事態か最後の最後に万策尽きたときにとる行動だと思っておいて良いだろう。実際のところ、ビジネスの世界における管理者は、監督と言うよりはマネージャーの役割を担っており、部下とのコミュニケーションはコーチングの視点に立ったものとなるのが望ましいといえるだろう。

 しかしながら、実際には、指示・命令に依存した司令官タイプの言動をとってしまう管理者が多い。これには、昔ながらの組織管理のあり方に関する考え方が、深く影響している可能性がある。昔ながらの考え方では、組織管理とは、職階の違いに伴う権力と規則によって、組織を「支配」することであるという理念が主流であった。もちろん、これは組織運営の骨組みとして不可欠の基礎的理念であることは間違いない。ただ、社会の変化が急速かつ大きくなるにつれ、その環境の変化に適応して、組織も自律的に変化していく必要に強く迫られるようになってきた。そんな現今の時代にあっては、昔ながらの考え方だけでは十全な組織管理はできなくなってきた。

 実際のところ、前回までに紹介してきたように、管理者が口を酸っぱくして組織における行動変化の重要性を説いても、部下たちは乗り気にならず、いわゆる「変化への抵抗」の態度を見せることの方が多くなってきた。そうした事態に対して、旧来の組織管理の考え方に基づけば、さらに部下に強く変化を求め、部下がその目標を達成できないと、その責任を管理者が厳しく追及することで状況を打開しようとすることになった。しかし、これは状況悪化のスパイラルを駆け降りることにしかならなかったといえるだろう。部下たちは自分の責任を問われることがないように「指示待ち」の姿勢を示すようになり、自律的に仕事に取り組むことが次第に少なくなってしまう現象も見られるようになったからである。

 部下を動かそうとすれば、組織の将来的発展と持続可能性向上に向けて、部下の意見や考えにも耳を傾け、対話と調整によるマネジメントも加味していく必要がある(左図参照)。指示・命令に依存した硬直的な対応では、部下が自律的に動くことをスポイルしているのと変わりがない。管理者に対して、何も部下の言いなりになれというわけではないし、管理者としての権限を放棄しなければならないというわけでもない。一緒に闘う仲間として部下一人ひとりの考え方を尊重し、良いものは取り入れながら、是非とも部下に聞き入れて欲しいことは丁寧に説得していくことが望ましい。

 忙しく時間が足りない中で、対話と調整のマネジメントを取り入れることは面倒くさく感じるものである。指示・命令でサッサとことを進めることの方が迅速で快適に感じるのも無理はない。しかし、組織の持続可能性を高めるには、長い目で効果的な取り組みを見極める必要がある。組織の管理者にとっては、「急がば回れ」の教えを、今一度、胸に刻むべき日々なのだといえるだろう。

※先生のご所属は執筆当時のものです。

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