第108回 人的資源管理に「心」の要素を考慮することの意味(5)- リーダーシップ育成をめぐって③ <番外編> -

2019.10.28 山口 裕幸 先生

 “One Team”。ラグビー日本代表チームのスローガンであり、到達目標である。前回のコラムで、管理者のリーダーシップ育成のためにはどのような働きかけが有効なのか論じることを約束した。まさに格好のタイミングで、ラグビーワールドカップの戦いに向けてチームを育成し強化してきたジェイミー・ジョセフ監督がそのお手本を具体的に示してくれた。

 4年前にも、このコラム(第64回)でラグビー日本代表が世界の強豪・南アフリカチームに勝利した理由について思いを馳せてみた。4年前はメンバーがひとつの目標に向かって心をひとつに紡ぐことを体現して示したことに深い感銘を受けたものだ。

 奇跡とも呼ばれた南アフリカチームへの勝利を起こした大会の後、チームを率いる監督は、エディ・ジョーンズ氏からジェイミー・ジョセフ氏へと交替した。前々回大会までワールドカップ大会では1勝しかしたことのなかった日本チームが、前回大会で一気に3勝もあげることができたのは、間違いなくジョーンズ前監督のチーム力育成の功績によるところが大きかったといえるだろう。彼は、その力量を買われて、すぐにラグビーの母国イングランドの代表チーム監督に招聘されている。

 他方、「残された日本代表はどうなるのだろう」という思いを感じたのは筆者ひとりではなかっただろう。個々の選手は、海外に戦いの場を求め、その力を高めていることはわかっても、日本代表チームの力はどの程度強くなっているのか、スーパーラグビーへのサンウルブズの加入がどれほどの意味を持つのかも含めて、なかなかわかりにくい状況にあった。

 ジョーンズ前監督は、世界の舞台で勝つことのできるチームにするために、規律の遵守と厳しいハードワークを選手たちに課した。もちろん、チームが目標とする姿をビジョン提示し、適切な休息も入れるバランスのとれたマネジメントは実践しつつも、選手たちの潜在能力を引き出すために、過酷と言えるほど練習を行い、嫌われることも厭わず、ミーティングを繰り返し、叱咤激励し、徹底してチームを追い込むスタイルを貫いたという。言ってみれば、これはチームを「導く」取り組みであったといえるだろう。そしてめざましい成果をあげて見せたのである。その厳しさを克服する中で、自ずとメンバーの心も一枚岩になっていったことがうかがえる。

 それに対して、ジョセフ新監督は、選手の自主性を重んじる姿勢をとったという。2019年10月20日に放送された「NHKスペシャル ラグビー日本代表 密着500日~快進撃の舞台裏~」では、キャプテンのリーチマイケル選手が、「ジェイミーの場合はルーズな感じで、どうやればいいのかわからず、うまくいくのかなと思った」という旨の発言をしているシーンがあった。厳しく追い込むスタイルから180度転換と言ってもよいチームの育成スタイルの変化があったわけである。

 もちろん、それは、きちんとした哲学に裏打ちされたスタイルだったと思われる。ラグビー界では、「コーチは選手たちを港まで運ぶ役割で、そこからはキャプテンを中心に選手たちが航海に出航する(すなわちグラウンドでの戦いに臨む)のだ」という言い回しがよく使われるそうだ。ラグビーだけでなく、スポーツでも、演劇でも音楽でも、ひとたび試合や本番が始まれば、そこからは、選手や演者本人が考えるしかなく、そこで良い判断ができ、行動がとれるようにしてあげることが、コーチや監督の役割である。

 ジョセフ監督も自分の一番大きな役割は、ホスト国として迎えるワールドカップで、日本代表チームが思いっきり力を発揮できるようにする「準備」なのだと考え、その中核として、選手たち自らが考える習慣を身につける取り組みを強化したのである。敢えて対照的にとらえれば、ジョーンズ前監督の「導く・引っ張る」スタイルに対して、ジョセフ新監督は「支える・対話する」スタイルでチーム作りに取り組んだといえるだろう。

 指示してもらう方が選手にとっては楽だろう。しかし、面白みは小さい。「今度はこうしてみよう」と考え、試してみて、また別のやり方も工夫してみる。そこに面白みがあり、やる気が生まれてくる。強靱で大きな肉体的アドバンテージを生かしてごりごりと力で押してくる世界のラグビーと渡り合うには、体を強くするだけでなく、俊敏な動きや持久力に加え、規律を守る冷静さや、チームメンバーとの的確な連携と協力が必要になる。それを身につけるために、誰かに言われてやるのではなく、自分は何をやるべきなのか考え、迷うこと、わからないことは自分からコーチに相談し、やり方を見つけていく。だから、世界一ハードで苦しいトレーニングでも、納得して取り組める。また、自分たちはチームとしてどのように戦うと良いのか意見を交わし、納得し、行動に反映させていく。

 選手によっては、内気で人付き合いは苦手だという者もいるだろう。でも「自分たちでやるんだ」という思いが、他の選手との意見交換をためらう心の壁を低くしていく。監督やコーチとも率直に意見交換して、より強く、より協調したチームを一体となって追い求めることになった。その思いがOne Teamという言葉に凝縮されているように思う

 こうしたチームの変容プロセスは、指示されてやるべきことを身につけていく、いわば「子ども」の段階から、自分で考えて行動していく、いわば「青年」への成長を意味しているように考えられる。チーム力が質的にレベルアップしたと言っても良いだろう。もちろん、いきなり青年になる人間がいないように、チームも子どもの段階でしっかりと力をつけることで、健全に青年へと成長していける。日本代表チームは順序よく二人の優れた監督に恵まれたといえそうだ。

 管理者のリーダーシップ育成を考えるとき、「導く・引っ張る」スタイルだけでなく、「支える・対話する」スタイルをもしっかりとれるように育成することが大事なポイントになる。今回は、番外編として、ラグビー日本代表チームの歴代二人の監督を例に取り上げたが、さすがに紙幅を超えそうになってきた。今回はここまでとして、引き続き、次回は、日常の職場でどんな取り組みが効果的なのか考えていくことにしよう。

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