第109回 人的資源管理に「心」の要素を考慮することの意味(6)- 管理者のリーダーシップ育成をめぐって④ -

2019.11.29 山口 裕幸 先生

 管理者のリーダーシップ育成について考えている。ここまで述べてきたことを整理すると、管理者がリーダーシップを発揮する、すなわちリーダーとして部下を動かす影響力を発揮するには、普段の仕事を進める中で、2つの取り組みを両立させることが鍵を握ると最初に確認した。1つは、仕事の目標をしっかり達成させるための行動と態度をとることであり、もう1つは、部下たちが気持ちよく、やる気を持って働き、円満な人間関係を維持できるように配慮する行動と態度をとることであった。

 ただ、それだけではなく、自分が任された部署やチームがどのような状態にあり、いかなる状況・環境におかれているのかを的確に理解するコンティンジェントな力も身につけている必要がある。上記の鍵を握ると述べた2つのことは、前者は「仕事への厳しさ」であり、後者は「部下・同僚への思いやり」だといえ、これは同時に両立させることは難しい。というよりも矛盾をはらむことを同時にやろうとすれば、部下からは支離滅裂な言動と態度をとるリーダーに見えてしまうだろう。それでは部下はついて行くのを躊躇ってしまう。

 チームの目標達成と、長期的な発展を考慮しつつ、今、いかなる言動をとるべきか、適切な選択ができることで、メンバーたちは安心して,リーダーについていくことができるようになる。ここで抑えておくべき点が、言動自体は状況に応じて変容させることがあるとしても、その臨機応変の判断を下す根拠となる考え方はぶれずに一貫していることである。それは、状況によって言動が変容することの合理的な説明につながるからである。

 もちろん説明に対して異論を提示する部下やメンバーがいることもあるだろう。現実の組織経営、チーム運営には、正解が見通せない場合の方が多い。したがって、様々な考え方が、しかもそれぞれに正論として存立することも珍しくはない。そんな中で、部下やメンバーが納得してついていくには、リーダーが、「自分たちはなぜ一緒になってこの仕事に取り組むのか」という問いに明確な答えを持っておくことが大事であることを指摘した。この答えを導くとき、組織や部署、チームの存在意義と価値を踏まえた長期的なビジョンや理念、ミッションを明確に意識することの大切さも述べてきた。

 ただ、ここで注意しておきたいのは、管理職がリーダーとして持っている考えは、単に会議の場などで伝えるだけでは、部下たちには浸透していくとは限らないことである。管理職としては、思いを込めて伝えたことだから、是非とも部下たちには理解され、その言動に反映されることを願いたい。しかし、伝えるだけでは、浸透し徹底するにはいたらないと考えておく方が間違いない。一対一で対話するワン・オン・ワンをはじめとして、部下の思いや意見に耳を傾けることを主体に対話を重ねることが大事になってくる。

 前回紹介したラグビー日本代表チームにおいても、キャプテンのリーチ選手と監督のジョセフ氏との間では何度も激論(リーチ選手はケンカと表現していた)が交わされたとのことである。ポジションごとのリーダー同士も、各リーダーと選手たちとの間でも、頻繁な対話が交わされ、バックス・リーダーの田村選手は、コーヒーを飲みながらや、ちょっとした立ち話でも、準備の仕方や戦術理解の意見交換がなされたと記録していた。

 管理職がリーダーシップを身につけていくには、この対話を大切にする心構えが最終的には鍵を握ってくる。こう聞くと「いやいや、リーダーたるもの、率先垂範、背中で部下を率いる剛直さが大事で、対話などしていては、部下の様々な意見に振り回されるだけだ」と感じる人もいるかもしれない。確かに、自信を持って決然と行動することが大事な状況に遭遇することもあるだろう。だからこそ、そんなときに部下が一緒についてきてくれるような言動が普段しっかりとれているかが問われることになる。

 管理職のリーダーシップ育成を考えるとき、将来を展望するプロアクティビティや目標達成を指向するコンピテンシーの涵養は、これまでにも繰り返し注目されてきた。その重要性は疑いなく確かなものである。ただ、もう一歩進んで、組織やその部署、チームの目標達成は、メンバー全員で成し遂げるものであることを考えれば、部下集団のやる気を引き出し、目標とミッションを共有して、仕事に取り組む態勢をいかに作り出せるかは、部下やメンバーの思いや考えに耳を傾け、率直に対話を続けられるかにかかっていることに気づくことになるだろう。

 組織におけるコミュニケーション不全の問題が多様な組織で広く問題視されていることを視野に入れれば、管理職のリーダーシップ育成の取り組みとして、対話する姿勢と能力を育むことは、必須の課題としてクローズアップされる時代を迎えているといえるだろう。的確に伝えるだけでなく、適切に部下やメンバーの思いを引き出し、耳を傾けることに課題の重心はあることを認識しておきたい。その取り組みは、心理的安全性が備わったチーム作り、組織作りへとつながっている。

※先生のご所属は執筆当時のものです。

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