第22回 効果的な説得的コミュニケーションのあり方をめぐって(4)-アサーティブなコミュニケーションについて-
2011.12.09 山口 裕幸 先生
今回はアサーティブなコミュニケーションの取り方について考えていきたい。アサーティブ(assertive)という英語は、辞書(ランダムハウス英語辞典)を引くと、「断言的な」とか「積極的な」という意味であり、「強引な」とか「有無を言わせない」という意味も持っていると書かれている。どちらかというと、しつこいセールスマンの態度を表現するのに使われる言葉のようである。
しかし、対人コミュニケーションの研究領域においては、アサーティブ・コミュニケーションというのは、「自分の気持ちや考えを相手に伝えるが、相手のことも配慮するコミュニケーションの取り方であり、自分も相手も大切にしたコミュニケーションの取り方」を意味している。このとき特に重要なのは、自分の気持ちや考え、信念を正直で率直に表すとともに、その場にふさわしい方法で表現することであるとされている。
上司あるいは目上の人が相手の場合、その人の発言に対して、「それは違うと思いますよ」とか「それはこうすべきだと思います」とは、なかなか言いにくいものである。また、もし勇気を出して、自分が思ったことを率直に伝えてみても、表現の仕方によっては前回話題にした「心理的リアクタンス」を相手に与えてしまい、会話が不本意な方向へとずれて行ってしまうこともありうる。また、理不尽な要求をしてくるお得意先やお客様に対しても、「それは無理です」と率直なものいいをしたのでは、いい結果につながらないことが多くなってしまう。「親しい仲にも礼儀あり」という言葉もあるように、仲の良い友人との会話でさえも、気をつけなければならないときがある。率直に自分の考えを伝えることが難しい場面というのは、日常生活の中で意外に多いものである。
かつて筆者が、看護師の皆さんを対象にして、日常の業務を行っているときに、同僚が間違った処置をしているのを見かけた場合、どのような対応をしているかを尋ねる調査を行ったことがある(Yamaguchi, 2003, 2004)。その結果、同僚に直接間違いを指摘するという回答は非常に少なく、しかもそれは自分よりも後輩の同僚が相手の場合に集中していた。自分より職位が高い同僚や、異なる専門の同僚(医師や検査技師等)が相手の場合には、間違いを直接指摘することは希で、代わりに自分がその間違いを訂正しておく対応をとる人が多かった。
なぜ直接間違いを指摘できないのかという質問に対しては、職場の人間関係がぎくしゃくしてしまうのは避けたいという理由や、職位など組織の秩序を乱すのは気が引けるという理由が大多数を占めていた。相手の間違いを指摘することだけでなく、自分は相手とは異なる意見を持っていることを伝えるときにも、相手が気分を害するのではないか、という不安が心をよぎり、なかなか自分の気持ちを率直に言い出せない気まずい経験は、だれもが持っているのではないだろうか。
どうすれば相手の気持ちを傷つけることなく、自分の意見を率直に、その場にふさわしい方法で伝えることができるのだろうか。そうした観点から、アサーティブ・コミュニケーションの技法を修得するためのトレーニング・プログラムが開発されている。アサーティブ・コミュニケーションの技法として有名なものとしては、不当な抵抗や拒否、否定に出会っても、その都度、自分の意見を繰り返して述べる「壊れたレコード」技法や、相手があなたを批判しても、その言葉の一部に正しいことを見つけて、それに賛成しながら、自分の意見はきちんと主張する「のれんに腕押し」技法などがある。また、「私」を主語にして述べることで、他者に対する評価を口走ったり、他者を責めたりすることなく、自分の感情や希望を伝えることができるとされている。
アサーティブ・コミュニケーションのトレーニングがもたらす効果は、上記のような技法を修得すること以上に、自分の考えを率直に相手に伝える「勇気」を持てるようになることにあると思われる。様々な技法を修得することは、その勇気をサポートしてくれるものだろう。もちろん、特別なトレーニングを経験していなくても、相手の気持ちや立場をよく配慮しながら、率直な自分の考えを相手に受け入れてもらえるように伝えることは可能である。最も大切なのは、相手の気持ちや考えを大切に尊重しながら、自分の考えを理解してもらおうとする態度を身につけることであるといえるだろう。
イギリスの音楽グループ「コールドプレイ」の一員であるクリス・マーティンは、チャリティ・イベントに出演して、楽曲「The Scientist」を演奏していたとき、場内のひとりの聴衆がタンバリンを鳴らしているのが気になって演奏を中断したそうである。そのとき彼は、「無礼な態度を取るつもりはないが、これはタンバリンを使うような曲じゃないんだ。正直言うと、この曲のレコーディング時にはタンバリンも試したけどボツになった。だからタンバリンなしで10年以上演奏をしてきた。合うかもしれないけど、僕はタンバリンなしに慣れてしまっている。悪く思わないでほしい」とその聴衆に話しかけたそうである。続けて、「ここから君がどんな人かは見えないけど、とても素敵な人で、いい音を出していると思う。別にタンバリンが嫌いとかアンチ・タンバリンを訴えようとしているわけじゃない。タンバリンは僕のお気に入りの楽器のひとつだ」と話し、さらには「次の曲はタンバリンにばっちりの曲だから、思いっきり盛り上がってくれ」と付け加えたそうである(詳しくはシネマトゥデイのホームページhttp://www.cinematoday.jp/page/N0037360 に紹介されている)。
こうしたアサーティブなコミュニケーションの基盤にある、ファンを大切にする態度は一朝一夕に身についたものではないだろう。タンバリンを鳴らしていた聴衆は、最初は決まり悪かったかもしれないが、クリス・マーティンの言葉を聞いて、それまで以上にコールドプレイのファンになったのではないだろうか。
<引用文献>
Yamaguchi, H. (2003). A study on the factors foiling team communication in hospital nurse teams: Why can't they point out their colleague's error? "The Proceedings of 4th Conference of the European Academy of Occupational Health Psychology at Berlin"
Yamaguchi, H. (2004). Group dynamics in emerging processes of team errors. The Proceedings of 28th International Congress of Psychology at Beijing"
※先生のご所属は執筆当時のものです。
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