第68回 信頼性の高い行動観察を行うために(2)-「攻撃行動」の背後で働いている心理②-

2016.03.14 山口 裕幸 先生

 人間が他者に攻撃行動を起こす理由として、攻撃の本能が備わっているという「本能論」の視点と、イライラする欲求不満の発散が攻撃となって表れると考える「情動発散説」の視点を紹介した。しかし、もうひとつ重要な視点をおさえておく必要がある。それは、目的を達成するために攻撃が有効な方法だからこそ行うという功利的で戦略的な選択の視点である。

 戦国時代の武将たちの戦いは、領地を守ったり、拡張したりすることを目的として行われたところに本質がある。もちろん、復讐や敵討ちのように感情が強く前面に出る戦いもあるが、それとて、もとはと言えば領地をめぐる争いに端を発したものであることが多い。戦いに勝利するという目的のために、どこの誰を、いつ、どのように攻撃することが最も有効なのかを考え、戦略的に意思決定することが大事になってくる。このとき冷静に高度に戦略的な認知活動の方が必要性は高い。戦国時代のいくさを例に挙げたが、現代の戦争にしても、スポーツにしても、ゲームにしても、そしてビジネスにしても、勝利を競う状況では、この戦略的な攻撃行動は重要な機能を果たすものとして、人間社会ではその価値は高く認められてきているといえるだろう。

 考えてみれば、我々は、攻撃行動が目的達成の手段として用いられることを、子どもの頃から繰り返し体験しながら成長してきている。叱責されたり、脅されたりすると、怖いので相手の指示や命令に従うことを経験しながら育つ。逆に、自分が攻撃的に振る舞うと、相手が怖がって、こちらの要求に従うことも、同じように経験する。テレビのヒーローやヒロインも、悪との戦いに勝利するために、殴ったり蹴ったり、銃を撃ったりする。そしてそれが成功や勝利という目的の達成につながることを知る。

 すなわち、我々は攻撃行動が目的達成の有効な方法であることを、成長の過程で繰り返し経験して学習するのである。この視点は「社会的学習説」と呼ばれている。この視点で捉えることは、人間の攻撃行動を2つのルートで理解することにつながる。

 ひとつは、無自覚のうちにとってしまう攻撃行動の発生理由をさらに深く理解することにつながるルートである。イライラしたり、カッとなったりすると、知らず知らずのうちに思わず攻撃的に振る舞ってしまう行動は、前回紹介した本能論的視点や情動発散説の視点からの理解だけでなく、幼少期からの社会的学習によって身についてしまったために発生するという、もうひとつの理解も可能にしてくれる。情動発散説がカタルシスを得るために攻撃を行うと考えるのに対して、子どもの頃から自分の目的を達成するには攻撃行動が有効であることを繰り返し体験して学習しているために、とりあえず攻撃に出る癖が身に沁み込んでいるから攻撃を行うという見方もできるのである。

 もうひとつは、社会的学習を通して、いかなる攻撃行動が効果的であるかについて多様な知識を蓄積することによって、冷静で戦略的な攻撃行動を行うことができるようになるという理解につながるルートである。スポーツの試合では、戦いが白熱してくると、選手たちがつい感情的になって攻撃的に振る舞ってしまうことがあるが、それは反則のペナルティーを誘発したり、間違った戦術の選択につながったりして、敵を利してしまうことも多い。「ハートは熱く、頭脳は冷静に」と繰り返し注意されていたとしても、実際の戦いの場面では、感情を抑制することは難しい。経験が浅いうちは失敗することが多くても、経験を積むうちに次第に、状況に応じて最も効果的な戦術を冷静に選択することができるようになる。まさに学習するのである。名人同士が対局する囲碁や将棋、チェスの一手一手は、社会的学習を通して磨かれた攻撃行動の見本といえるだろう。

 他方で、戦略的な攻撃行動は、戦争における高度な戦略の開発と密接に結びついていることも忘れてはいけないだろう。保険金目当ての殺人事件の発生も同様である。ローレンツが指摘したように、自分を守るために防衛し反撃する攻撃力を身につけることは不可欠の備えといえる。ただし、本能論の視点から見ても、情動発散説の視点から見ても、社会的学習論の視点から見ても、人間は攻撃を行う誘惑には極めて弱い。

 損をさせられたり、侮辱されたりしたときに、即座に暴力に訴えたくなるのが人情なのだと理解して、互いがそんな感情的な状態に陥らないような工夫が大事になってくる。沸騰する感情を抑えて冷静に判断しようとするとき、我々はどのような行動や表情、姿勢、しぐさを見せるのだろうか。行動観察によって明らかにされることがらの中に、思いのほか有効な手だてが潜んでいるかもしれない。機会をつかまえて、よくよく人間行動を観察してみることにしよう。

※先生のご所属は執筆当時のものです。

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