第86回 職場を「学習する場」としてフレーミングするには-「作業の場」としてのフレーミングからの脱却-

2017.09.25 山口 裕幸 先生

 前回、「やらされ感」や「指示待ち」の態度から脱却して、前向きに仕事に取り組むには、職場を「作業の場」ではなく「学習の場」として認知するように成員のフレーミングをシフトさせることが重要な鍵を握ることについて紹介した。こうしたフレーミングのシフトは、失敗から学ぶことを大切にして、プロアクティブに仕事に取り組むことの促進につながると考えられるからである。では、職場を「作業の場」から「学習の場」としてフレーミングするように変えていくためには、どのような働きかけ方が有効だろうか。

 フレーミング・シフトに関係の深い実証研究については、本コラムでは、すでに25回40回41回において紹介してきた。簡単に復習すると、交渉場面では、「損をするまい」と考えるネガティブなフレーミングで臨むよりも、「できるだけ利益を得よう」と考えるポジティブなフレーミングで臨む方が、よりよい結果につながることが実験室実験によって実証されてきた。その研究結果にならえば、仕事に臨むにあたって、「失敗しないように気をつけて」と教示するか、「失敗を恐れず挑戦する気持ちを大事にして」と教示するかによって、フレーミングは操作できることになる。しかし、実際の職場ではどうだろうか。

 フレーミングは、最初は容易に変容可能で流動的であっても、日々の生活の積み重ねによって安定化していく。そして、次第に固定的な観念とさえいえるほど強固な認知的枠組みをもたらすものとなり、特定の場面に直面すると自動的に無自覚のうちに働くようになる。すなわち、職場に通い、仕事をする中で、失敗回避を優先し、責任を負わされることがないように、着実に作業をこなすことを大事にする日々を重ねる中で、「職場は『作業の場』である」ととらえるフレーミングが確固たるものとなり、無自覚のうちに働いて、職場における成員たちの判断や行動にあらゆる局面で影響を及ぼすようになるのである。したがって、そのようにして確立されたフレーミングを変えることは容易ではないと考えておくべきだろう。

 ただ、フレーミングが確固たるものとして確立されていくプロセスを考えると、フレーミング・シフトを的確に行うためのヒントは、「社会的リアリティー」の構築プロセスの中に潜んでいるように思われる。人間は、自分が生き伸びるための正しい選択をするには、直面するこの場がいかなる特性を持った場であるのか、適切に認識する必要がある。「この場はいかなる場であるのか」という現実に根ざした認識が社会的リアリティーである。フレーミングの基盤もこの社会的リアリティーにある。

 誰もが、職場で生き延びるには、どのように判断し、行動することが大事なのか、知らず知らずのうちに考え、対応している。失敗しないこと、着実に仕事をこなすことが重視される職場では、それが現実であり、成員たちは、その現実に則した社会的リアリティーを構築し、フレーミングを行うようになる。こういう視点に基づいて考えてみると、フレーミング・シフトを起こそうとするのであれば、「成員が認知する(成員にとっての)現実」を変えることが肝要ということになる。

 このことは、いくらスローガンを声高に叫んでも、言葉を尽くして諭しても、成員が認知する(成員にとっての)現実が変わらないと、フレーミングは変わらないし、行動や判断も変わらない可能性が高いことを示唆している。現実に、失敗を恐れない勇気が重視され、高く評価される職場にすること、また、失敗してもへこたれず、そこから学ぶことが重視され、その学んだことが高く評価される職場にすることが、長年にわたり無自覚のうちに職場を「作業の場」としてとらえてきた成員のフレーミングを「学習する場」へとシフトさせることになる。

 そのためには、組織管理者層の働きかけは、言葉や態度だけでなく、業績評価基準の具体的な変更を伴うものでなければならないと考えられる。しかし、その変更は決して容易なことではないと思われる。長きにわたり継承されてきた評価基準には、それなりの長所があるからこそ、維持されてきた側面もあるだろう。そして、新たな挑戦には常にリスクがつきまとう。フレーミング・シフトを引き起こすには、失敗を恐れない勇気を持つように成員たちに働きかけることになるが、まずは管理者がリスクテイクする勇気を持つことが重要な意味を持つように思われる。

 管理者と部下は相身互い、相互作用する関係にあることを考えると、管理者がリスクを恐れない意思決定を行うとき、成員たちも失敗を恐れず、勇気を持って自律的にプロアクティブに仕事に取り組むようになれるのではないだろうか。やはり管理者の双肩にかかる責任は重い。この重荷とどう向き合うと良いのか。次回は「管理者はつらいよ」という観点から、管理者の役割と責任について考え、それとどう向き合うと良いのか議論していくことにしたい。

※先生のご所属は執筆当時のものです。

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