BLOG

ブログ

新サービスや自主調査結果、関連する学問領域のコラムなどを掲載しています。

著者別記事一覧

2016年11月14日(月)

行動観察と社会心理学

第76回 ひとりの行動が社会変動に結びつくとき(5)-説得行動に関する社会心理学研究を参考に-

 ドナルド・トランプ氏がアメリカ合衆国次期大統領に選出された。EUからの離脱を支持するイギリスの国民投票の結果に続いて、可能性が低いだろうと予想されていたことが現実になった。2016年は「歴史的大誤算」が立て続けに起こった年として記憶に刻まれることになるだろう。

 およそ次期大統領を目指す人にはあるまじき低次元の失言やゴシップに彩られながら、なぜトランプ氏は最終的に選挙に勝利したのであろうか。様々な角度からその原因が指摘されているが、どれかひとつの要素に原因を求めるのは難しい。多種多様な要素が複合的にダイナミックに組み合わさりながら、一種の化学変化的な効果をもたらしたと言えるだろう。

 ただ、本コラムが現在取り上げている「ひとりの言動が社会変動に結びつくのはどんなときなのか」という観点からトランプ氏の勝利を導いた要素に注目して見ると、社会心理学的に興味深いものがいくつか見いだせるように思う。今回はそのひとつとして、彼の説得・交渉の戦術に注目してみたい。トランプ氏の主張には「ドア・イン・ザ・フェイス」と呼ばれる交渉戦術の特性が色濃く滲んでいるのである。

 ドア・イン・ザ・フェイスとは、最初に相手がびっくりするほど過大な要求を突きつける戦術である。本来、かなりリスキーな説得・交渉戦術であり、案の定、対抗候補をはじめ、支持基盤である共和党員からさえも「何を非常識なことを言っているんだ」というあざけりにも近い批判を受けることになった。

 そもそもこの戦術は、最初の過激な主張のあとに、少し控えめな主張をすると、相手に受け入れられやすくなる効果を狙ったものではある。たしかに、勝利宣言後のトランプ氏の礼儀正しい常識的な言動を見ると「思っていたよりも酷くはなさそうだ」と安心してしまうところがある。これはトランプ氏の主張を起点に物事を考えているからこその安心感であって、その時点でトランプ氏に反対する側は大きく譲歩してしまっていることになる。まさにドア・イン・ザ・フェイス戦術をとる側の「思う壷」にはまっているのである。

 ただ、トランプ氏自身、選挙期間中の過激な発言は、その要求を受け入れさせることを狙っていたわけではないだろう。むしろ、この戦術は、トランプ氏の主張を明快に、かつ刺激的に示すことで、既存の政治のあり方に失望し、どちらに投票するか迷っていた人々の中から支持者たちを掘り起こすことにつながった可能性が高いことが大事な点である。しかも、掘り起こしにとどまらず、支持者たちの彼への支持をより強固にする効果をもたらした可能性がある点も重要だ。

 繰り返しになるが、彼の過激な言動は、支持基盤である共和党の幹部さえも敵に回す事態を招いた。討論会でも、相手候補の問題点をあげつらい、罵倒する言動に終始し、一気に支持率を引き離される事態に陥った。しかし、日本でも話題になることがあったように「あのように過激で非常識な言動を繰り返す人物が、選挙戦終盤になって、未だに45%近くもの支持を得ているのは、いったいなぜなのか?」という疑問への答えを捜すとき、トランプ氏のドア・イン・ザ・フェイス的言動がもたらした影響は見過ごせないと思われる。

 まずは、トランプ氏の支持基盤である白人中間層・貧困層の多くは、これまでの政治によって「自分たちは虐げられている」という怒りの感情を強く抱いており、彼らの本音を明快に雄弁に主張してくれる候補者としてトランプ氏を歓迎したのである。鬱憤のたまっている人々にとっては、過激な主張の方がむしろ心地よく響くとともに、「彼なら自分たちをないがしろにしている既成政治を変えてくれる」という期待を持たせることに成功したのである。しかも、トランプ氏が、その過激な態度を終始一貫して貫いたことによって、「彼なら変えてくれる」という期待は確信へと変化して、「誰がなんと言おうとトランプを支持する」という一種の信仰心にも似た態度の形成へとつながった可能性が高い。

 もちろん、上述の見解は、あくまでも憶測の域を出ないものであり、その妥当性を確証するには科学的なエヴィデンスに基づく裏づけが必要になる。また、この強固な支持層の構築は、彼のドア・イン・ザ・フェイス的な態度によってのみ実現されたものでもないだろう。ただ、「なぜあれほどに失言や愚かな言動を繰り返す人物が、全国民の半数近くの支持を得ることができたのか」という疑問に対して、社会心理学的な視点からそれを解くひとつの鍵にはなりえるだろう。

 このように考えてきてみると、EUからのイギリスの離脱にしても、アメリカ大統領選挙の意外な結果にしても、自国優先主義の蔓延から大衆迎合主義(ポピュリズム)政治を経て、ヒトラーが現れ、そしてファシズムが台頭し、ついには世界大戦へと続いたほぼ1世紀前の道筋を彷彿とさせる社会ダイナミズムが、その背景に脈打っていることにも気づかせてくれる。

 トランプ氏が勝利した理由は、いうまでもなく多岐にわたっている。その中で、社会心理学的に注目されるものがまだいくつかある。次回は、支持政党や支持する候補が明確に存在しない、いわゆる無党派層の投票行動にみられる特徴について考えてみることにしたい。

ブログの更新情報は
Facebookでもお知らせしています