第170回 日本の組織で仕事の効率が上がらない理由を考える~社会心理学的視点から~
2025.1.28 山口 裕幸(京都橘大学 教授)
昨年、日本の1人当たりのGDP(国民総生産)は世界22位となり、韓国に追い越されたというニュースが報じられた。さらに来年には台湾にも追い抜かれることが確実だという。この1人当たりのGDPは、国民生活の豊かさを示す重要な指標である。実際、海外に出かけた際、円の価値の低さに愕然とする機会が増えている。1980年代、日本型経営の優良さが世界的に評価され、「Japan as No.1」という書籍まで出版されたことを考えると、時代の変化を痛感せざるを得ない。
では、なぜ日本社会の生産性は諸外国に比べて見劣りするようになったのか。その大きな要因として少子高齢化が挙げられる。働き手が減少することによって国全体の生産性が伸び悩むだけでなく、増加する高齢者層は必ずしも若年層のように活発に働けるわけではない。しかし、同様の少子高齢化の課題を抱えるアメリカやヨーロッパでは、経済が成長を続けている。では、日本の場合、何が成長を阻害しているのだろうか。
少子高齢化以外にも、円安やDX(デジタルトランスフォーメーション)の遅れが指摘されているが、特に組織科学的な視点では「仕事の効率性の低さ」が重要な問題として浮かび上がる。一生懸命に働いている者にとっては不本意なことではあるが、この問題は国際的にも指摘されている。なぜ日本の組織の仕事は効率が悪いのだろうか。
日本特有の効率の悪い働き方とは確かに、ロボット導入やDX推進など、人手不足を補うための努力がなされ、一定の成果を上げている組織もある。しかし、振り返ってみると、稟議書などの必要性が疑われる書類の多さや、非効率的で複雑な手続きが多い現状に頭を悩ませる人も多いだろう。こうしたムリ・ムダ・ムラを解消し、効率的な働き方へと転換することが望まれるが、問題解決には時間と労力がかかり、さらに成果の保証がないことから、従来のやり方が踏襲され続けるケースが多い。
一生懸命に働いているにもかかわらず、労力が報われない状況に不満を感じている人も少なくない。しかし、仕事への取り組み方が受け身である場合、ムリ・ムダ・ムラの解消に向けた積極的な行動は生じにくい。「誰か(多くの場合、管理職が)問題を解決してくれないかな」と受け身のまま、他人任せにしてしまう傾向が見られる。さらに、変化を恐れ、「今まで通りで構わない」と考える人が多い場合、問題に向き合うよりも現状維持を選びがちである。このようにして、職場では問題が放置され、誰もが心の中で不満を抱えつつも、従来通りの非効率な働き方が続けられる。
我々は「集合的無知」の状態に甘んじてはいないか職場で誰もが問題だと感じているにもかかわらず、改善に向けた意見を述べず、現状をそのまま維持する現象は、「集合的(多元的)無知」と呼ばれる社会心理学的な現象として知られている。これは、職場の個々のメンバーが本心では「改善すべき」と思っているにもかかわらず、周囲が黙っている様子を見て「他の人は現状に満足しているのだろう」と推測し、自分の意見を口に出さないことが原因で起こる。
こうした遠慮や忖度が蔓延することで、結果として何の変化も起きず、問題が放置され続ける。日本の職場でムリ・ムダ・ムラが解消されにくい背景には、この集合的無知が一因として働いている可能性が高い。実際、社会心理学の研究では、日本の働く人々が「職場の秩序や協調を乱したくない」という心理的傾向を強く持っていることが示されている。
疑問や思いを仲間と分かち合える職場づくりが未来を変える
仕事の効率化や職場の改善において最も重要なのは、誰もが自由に意見を表明できる環境をつくることである。全員が黙っている状態では、改善の道筋は見えてこない。たとえ突飛に思える意見やアイデアであっても、評価を恐れずに発言することが大切だ。こうした意見が出されることで、他のメンバーも意見を共有しやすくなり、当事者意識を持ちながら協力して問題解決に取り組む道が開ける。
このような職場環境は、既存の課題解決にとどまらず、環境変化への適応力や持続可能性を高めることにもつながる。心理的安全性が確保された職場では、メンバーが安心して意見を共有できるようになり、より良い未来への基盤が形成されるのだ。
GDPの向上や国民生活の豊かさを追求するには、マクロ経済的視点に立つ施策が重要である。しかし、組織の効率性向上には、働く個々人が自由に意見を交わし、心理的安全性を確保する職場づくりといった微視的なアプローチも不可欠である。この両輪を回していくことで、初めて持続可能な成長を実現できるのではないだろうか。
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第15回 何気ない行動から人間の社会性と心理を解明する取り組み(3)-コミュニケーション行動研究の知見から①-
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