第168回 混沌とした状況におけるリーダー行動について考える~ライフサイクル理論の視点から~

2024.12.6 山口 裕幸(京都橘大学 特任教授)

混沌とした状況が進む国際社会と日本社会

 世界に大きな影響力を持つ超大国アメリカの大統領に、保守的価値観を重視し、自国第一主義を強調するトランプ氏が再選された。彼が伝統的な規範や制度を変革することをためらわない姿勢を見せる中、世界中でさまざまな混乱が生じることが予測されている。アメリカだけでなく、移民問題を抱えるヨーロッパ、ロシアとウクライナの戦争、イスラエルと中東諸国の軍事紛争、さらには地球規模の環境問題においても、対立と攻撃が目立つ時代になっている。

 できれば日本国内だけでも平穏をと望むところだが、SNSをはじめとするインターネット空間では、自分と異なる意見を持つ人々に対して攻撃的な言動が激化しており、ここにも対立の深まりが見られる。ネット・コミュニケーションへの依存が高まる生活環境を考えると、こうした対立に起因する攻撃性を軽視することはできないだろう。国際社会も日本社会も、大きな揺れ動きを見せている。

 VUCAの時代という言葉が定着して久しい。激しい変動(Volatility)、高い不確実性(Uncertainty)、複雑な変化(Complexity)、そして曖昧さ(Ambiguity)が続く社会状況は、もはや混沌(Chaos)の域に達しているようにも見える。このような環境下で組織や社会を持続可能性の高い状態へと導くリーダーシップを発揮するには、どのような要素が鍵となるのだろうか。

リーダーシップ・ライフサイクル理論の視点

 「有効なリーダーシップには、状況の特性に応じた行動が必要である」とするコンティンジェンシー・アプローチから派生した「ライフサイクル理論」(Hersey & Blanchard, 1977)は、シンプルでありながら示唆に富む視点を提供してくれる。この理論の枠組みで捉えると、現在の世界や日本の混迷する状況は、右下に位置する第Ⅰ段階に該当すると見ることができる。この段階は、メンバーたちはそれぞれに自己主張が強い一方で、効率的な社会や組織運営に必要な協同の姿勢は欠如している。集団や組織は、通常この段階からスタートするといえるし、国家間関係も同様といえるだろう。

 ただし、初期段階ではメンバー各自は自己中心的であっても、組織や集団の一員としての時間の経過とともに協同的な態度を発達させていく。ところが、組織や集団は、成熟が進むと硬直化(前例主義、慣例主義、縄張り意識、外部環境への無関心など)の兆候を示すようになる。このままでは衰退を免れないため、一度硬直化を打破し、新たな発展を目指して再活性化の道を歩む必要に迫られる。

 組織や集団だけでなく、社会全体にも、このライフサイクル理論の枠組みはある程度当てはまる。成熟し硬直化した社会の状況を打破しようとする際、改革や革命という形をとることがあるが、最も極端な形として戦争はその姿を現すといえるだろう。しかし、戦争は当事者双方に悲惨な結果をもたらすため、社会の硬直化を解消する手段として容認されるべきではない。戦争以外にも、相互利益を追求し、Win-Winの解決策を模索する交渉は理想的な戦術として期待される。

混沌とした状況で求められるリーダーシップ

 混沌とした状況の中では、人は戸惑いや不安を感じ、自らの利益や生活、家族を守ることを最優先に考える。しかし、具体的にどのように行動していけば良いのか明確にはわからず、迷い、不安を募らせることになる。メンバーが何をすべきか迷っている状況とは、言い換えると、メンバーが明確なビジョンと具体的な指示を求めている状況といえる。これは先述したように、リーダーシップ・ライフサイクル理論が示すところの第Ⅰ段階に該当する状況なのである。したがって、リーダーには「教示的」に行動すること、すなわち、将来を見据えた的確な方針に基づく判断と指示が求められる。

 民意に沿った単純明快な主張を行うリーダーが現れると、多くの支持を集めやすくなる。ただし、単に民意に迎合するだけでは不十分な場合もある。むしろ、混迷の状況下だからこそ、部下たちがついてくる可能性が高いという視点で決断することが重要である。ただし、その決断が自己の権力強化や私利私欲を目的とするものであれば、さらなる混沌を招きかねない。教示的なリーダーには、組織や社会を構成する人々の安寧と幸福を第一義に考えた決断が求められる。

【引用文献】
Hersey, P., & Blanchard, K. H. (1977). Management of organizational behavior: Utilizing human resources (3rd ed.). Englewood Cliffs, NJ: Prentice-Hall. (ハーシー,P.・ブランチャード,K. H.(著)、 山本基成・水野基・成田攻(訳)、(1978)『行動科学の展開:人的資源の活用』 日本生産性本部)
※先生のご所属は執筆当時のものです。

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