第174回 コンプライアンス時代における管理職の行動戦略~叱咤激励か、慰労し承認するか、それが問題だ~

2025.6.4 山口 裕幸(京都橘大学 教授)

現場の声: 「部下の失敗を叱責するとパワハラなのか?」

 組織現場の管理職の方々と話をしていると、しばしば耳にするのが、「部下が失敗したりミスをしたりした時に、叱ったり注意したりすると、すぐにパワハラ上司のレッテルを貼られてしまう」という嘆きの声である。

 失敗やルール違反があった際、親や教師などの大人から叱られたり、時にはゲンコツをくらったり、立たされたりといった罰を受けるのが当たり前だった時代に育った人にとっては、「自分たちが受けてきた教育とは様変わりだ」と感じることも多いだろう。

 私が勤務する大学のゼミで学生たちと対話していると、「親に叱られた経験がない」と答える学生も少なくない。社会全体として、叱責を受ける経験が減っており、それに対して感情的に反応するケースが増えているのかもしれない。

 しかし、働いて給料を得ている立場であれば、失敗やミスをした際に注意や叱責を受けるのはやむを得ないと考えるのが自然である。にもかかわらず、自分への注意や叱責を「パワハラだ」として反発するのは、部下がフラストレーションを安易に解消しようとする都合の良い手段になっている場合もあるだろう。

 以前から、中間管理職は「上から叩かれ、下から突き上げられる」立場だと悲哀を込めて語られてきたが、その圧力の強さは、実際に管理職を降格したいと申し出る人が増えている現象にも表れている(斎藤剛史, 2011; 東京新聞, 2022)。管理職を「罰ゲーム」として捉えるトレンドすら報告されている(小林, 2024; 朝日新聞, 2025)。

部下に迎合せず、管理職として取るべき行動を選択する

 とはいえ、管理職としては、部署の目標を達成し、部下の成長を促すためにも、必要に応じて叱責や注意を行わねばならない場面もある。もし部下からの「パワハラ」の声を恐れて言うべきことを言わないようになれば、管理職としての職責を果たすことは難しくなるだろう。

 では、管理職としてどのように行動すべきだろうか。その答えは、実はとてもシンプルである。

 肝に銘じておくべきは、部下が成果を上げたり、努力を見せたりした際に、積極的に褒めたり、ねぎらったり、その存在価値を認める声かけを行うことの重要性である。もちろん、そうしたポジティブな声かけだけでは十分とは言えない。重要なのは、叱責や注意といったネガティブなフィードバックに加えて、ポジティブなフィードバックも併せて行うことで、部下が「上司は自分のさまざまな側面に目を向けてくれている」と実感できるようになることだ。このような実感は、「上司が自分の存在意義を認め、さらなる成長を期待してくれている」という思いにつながっていく。

 ただ、実際の管理職の声を聞くと、「褒めたり、ねぎらったりする声かけは、つい忘れてしまう」という回答が多く見られる。部下一人ひとりの存在価値を認め、彼・彼女らの活躍が部署の成果に貢献していることを常に意識することが、声かけの多様化に役立つだろう。

インクルーシブ・リーダーシップ論が提案する部下との建設的な関係

 「心理的安全性」研究の第一人者であるエドモンドソン(Edmondson,2012)は、チームのコミュニケーションを活発にし、持続可能性を高めていくためには、リーダーがインクルーシブ(包摂的)に部下と接することが重要だと指摘している。その具体的な行動原則については、本コラムの第127回で紹介してあるので、参照してもらいたい。

 叱責や注意だけで部下のパフォーマンスを刺激して高めようとするのは、パワハラと認識されるリスクが高いだけでなく、実際に部下のモチベーションやエンゲージメントを損なう「悪手」であると言えるだろう。やはり活躍や頑張りは褒めたり、ねぎらったりする多面的な評価姿勢も重要だ。

 「何か、どこか褒められるところはないだろうか?」という視点で部下の行動を観察してみると、これまで気づかなかった良い点が見えてくるかもしれない。こうした姿勢は、コーチングの出発点でもあり、優れたリーダーシップを体得していく良いきっかけとなるだろう。

【引用文献】
朝日新聞 (2025). 管理職は罰ゲーム?「鍛え上げればなんとかなる」という発想の弊害 https://www.asahi.com/articles/AST5Q0GP7T5QUPQJ003M.html
Edmondson, A. C. (2012). Teaming: How organizations learn, innovate, and compete in the knowledge economy. John Wiley & Sons. (『チームが機能するとはどういうことか―「学習力」と「実行力」を高める実践アプローチ』、A. C. エドモンドソン(著)、野津智子(訳)、英知出版、2014年)
小林祐児 (2024). 管理職が「罰ゲーム化」した10の要因 Works185号 リクルートワークス研究所 https://www.works-i.com/works/special/no185/prescription-01.html
斎藤剛史 (2011). 「やはり『教頭はつらいよ』: 増える希望降任者」 ベネッセ教育情報 https://benesse.jp/kyouiku/201112/20111205-1.html
東京新聞 (2022). 「『管理職やめます』希望降任の神奈川県職員が増加: 理由は本当に親の介護?」 https://www.tokyo-np.co.jp/article/171368
※先生のご所属は執筆当時のものです。

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