第163回 国際化が進む日本社会における人々の心理について考える

2024.7.2 山口 裕幸(京都橘大学 特任教授)

 アメリカ大統領バイデン氏は、2024年5月1日に開催された大統領選挙に関連するイベントの演説の中で、「われわれ(アメリカ合衆国)の経済が成長している理由のひとつは、移民を受け入れているからだ」と述べ、さらには、「中国やインド、ロシアそして日本はなぜ問題を抱えているのか。それは彼らが外国人嫌いで移民を望んでいないからだ」と述べたと報道された。いうまでもなく、アメリカにとって最も重要な同盟国であるはずの日本そしてインドを名指しで「外国人嫌いだから経済がうまくいかない」と切って捨てる発言は、国のトップの発言としては、いささか軽率である。現職大統領ともあろう人物が、自分自身が選挙で勝利するための国民受けする演出にばかり気持ちが偏ってしまっていることの証左でもあろう。

 日本政府からは、「日本の政策に対する正確な理解に基づかない発言で残念」といった反論がなされた。特定技能制度の見直しを行い、外国人労働者の受け入れ数を従来の2.4倍にまで増やす政策をとっている政府にしてみれば、当然の反論だと言える。ただし、少なくとも、移民政策において日本が欧米諸国に後れをとっていることは確かである。前田(2024)の報告によれば、日本の人口に占める移民比率は2%余りに過ぎず、15%を超えるアメリカをはじめ、その他の欧米諸国に比べて明瞭に低い実績となっている。

 「だから外国人嫌いだ」と考えるのはあまりにも論理の飛躍が過ぎるというものだが、少子高齢化が進み、働き手の人口が減少し続ける中で、経済成長のためには、労働人口を確保し、増加させることが不可欠だと考えられているにもかかわらず、どうして移民の受け入れに対して日本社会では今ひとつ機運が高まらないのだろうか。社会心理学的観点から考えてみると、移民に限らず日本人同士でも、他者との人間関係の作り方において、日本特有の目に見えない習慣とも呼ぶべき心理傾向が、この問題を引き起こしていると言えそうだ。

 前出の前田(2024)の報告では、どの国でも、移民には、メリットだけでなく、異文化摩擦や軋轢等のデメリットも伴うことが認識されていて、自国の発展への影響は功罪どちらとも言えないという評価をする人々が4割〜5割を占める状況にあることが示されている。いずれの国でも両手を挙げて移民を歓迎している訳ではないようだ。しかし、現実には、日本では移民はわずか2%ほどの割合にとどまっているのに対して、欧米諸国では10%程度を占めるようになっている。なぜ、このような違いが生まれてくるのだろうか。

 もちろん、そこには多種多様な要因が複雑に絡んでいるのは間違いない。ただ、この点に関して、社会心理学的視点から実証科学的に検討を進めた山岸(1998)の研究成果は大いに参考になる。山岸は、日本人が対人関係を作るときの特徴を次のように整理している。すなわち、日本人は、初めて会う人とは、何度かあって話をしたり、一緒に作業をしたりする付き合いの経験を通して、「この人は信頼できる人か」を見極めたうえで、信頼できると判断できれば、そこからは盲目的に相手のことを信頼するスタイルをとることが多い。信頼して安心して付き合うことができるまでに時間をかけるのである。したがって、付き合う相手が外国人である場合を考えてみると、その外国人にとっては、日本人とはなかなか打ち解けることができず、フレンドリーな関係を作るのに時間がかかってしまうことになる。これは、自分との付き合いに距離を置かれているという印象を持つことに繋がる。

 他方、欧米諸国の人々は、とりあえず信頼してフレンドリーに付き合いをはじめ、その経過の中で、「本当に信頼に足る人なのか」を絶えず注意して確認しながら、人間関係を構築していくスタイルをとることが多い。このスタイルの場合、移民もはじめから打ち解けた人間関係のもとで生活ができ、自分が誠実に行動している限り、相手からの信頼を失うことはない。「本当に信頼して付き合うことができるか」を吟味するところに重点を置く日本のスタンスに比べて、「とりあえず信頼して移民を受け入れてみよう」という欧米諸国のスタンスは、移民の受け入れのスピードの面で大きな違いを生んできたものと思われる。日本の場合、できるだけリスクを小さくして安心して生活できることを優先するのに対して、欧米諸国の場合、ある程度のリスクを覚悟しつつ、互いの発展や成長の可能性を高めることを優先する対人関係の取り方だと言えるだろう。

 こうした日本人の対人関係の取り方は、自分でも気づかないほど心の深いところで無自覚のうちに発動するもので、変容させていくことは容易ではなく時間がかかる。移民を積極的に受け入れようとする取り組みは、「頭では大事なことだとわかっていても、いざとなるとやっぱり腰が引ける」といった類いの性格を帯びる。欧米諸国で成功している施策であっても、それをそのまま日本に取り入れたのではうまくいかないことが多い。われわれ日本人の心のありようを正確に把握して、それに適した工夫を凝らした政策開発が期待される。

【引用文献】

前田和馬(2024)バイデン発言「日本人は外国人嫌い」を検証する~移民への否定論は強くないが、外国人には慎重な接し方~ Economic Trends/マクロ経済分析レポート,第一生命経済研究所、https://www.dlri.co.jp/files/macro/336689.pdf

山岸俊男(1998)信頼の構造, 東京大学出版会.

※先生のご所属は執筆当時のものです。

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