第171回 強さを背景に利己的に振る舞う相手には、どのように対応すれば良いのだろうか~紛争に関する社会心理学的研究の視点から~

2025.3.7 山口 裕幸(京都橘大学 教授)

自国第一主義の甘美な誘惑と世界的な広がり

 世界各国で経済の行き詰まりや不法移民問題への不満から、自国第一主義を掲げる政党が台頭し、それを支持する人々が増えている。発展途上国や紛争で苦しむ地域の人々の支援よりも、自国の利益を追求し、自国民が繁栄を享受することを最優先に考えようとする動きである。

 自国第一主義は、換言すれば利己主義であって、要するに「自分さえ良ければそれで良い」という発想である。特に、アメリカやロシア、中国のように強大な軍事力や経済力、政治力を誇る国家が、その力を背景に強圧的に要求を突きつけてくる場合、日本を含めた相手国はどのように対応すべきか頭を悩ませることになる。

社会心理学的視点に立つ紛争への対応モデル

 紛争に関する社会心理学の研究は盛んに行われ、さまざまな理論が提示されているが、相手が利己的に振る舞い、協調関係を壊し、支配関係を築こうとする際の対応については図に示す5つの類型モデル(Thomas, 1976)が参考になる。

 このモデルは、自己主張の強さ(利己主義的傾向の程度)を縦軸に、協力関係の重視度を横軸に配置し、社会的紛争時の対応を5つの位相に分類している。
 短絡的な対応の仕方として、利己主義が強く協力関係を軽視する「競合」(左上部)がある。人間の基本的な社会性のひとつに返報性(互恵性)があって、助けられれば助け返し、攻撃してくれば攻撃し返す傾向がある。しかし、この「競合」の対応では、大きな損害を被る可能性があり、強大な相手に対しては合理的な対応とはいえない。

 「回避」(左下部)は利己主義も協力の姿勢もいずれも薄弱な位相で、相手との関係を絶つ対応である。ただ、現実には完全に関係を絶つことは難しく、相手が圧倒的な力を持っていれば、結局何らかの対応を迫られることになってしまう。

 また、右下部の「譲歩」は協力を重んじ利己主義を控える位相であり、一見、紳士的で好ましい対応のように見える。しかしながら、将来にわたって相手から譲歩を迫られる契機になるリスクを孕んでおり、安易に選択すべきではない。

妥協を超えてWin-Winの「協働」の位相へ

 紛争を軍事的衝突や経済的制裁合戦にエスカレートさせないためには、当事者同士が利己的主張をある程度認め合い、協力関係の維持を図る「妥協」(中央部)が現実的で合理的な選択になる。この妥協の位相へと導くためには当事者間の話し合い、すなわち交渉が重要になる。交渉のプロセスで重要な機能を果たす心理メカニズムについてはこのコラム132回168回でも紹介した。相手への猜疑心や自己の損失を回避したい心理が交渉を難しくすることは、さまざまな経験を通して多くの人が理解していることだろう。

 ここで留意しておきたいのは、交渉を生産的に進めることができれば、「妥協」のレベルを超えて右上に位置する「協働(collaboration)」の位相へと当事者間の関係性を発展させる可能性が生まれるということである。「協働」は別の言い方をすればWin-Winの位相である。すなわち、双方が率直に意見を述べ、多角的に検討することで、双方の主張を満たす解決策を見出す位相である。

 もちろん、この位相に到達するのは容易ではない。しかし、不可能だと最初からあきらめる必要もない。どうすれば「協働」の位相を実現する交渉は可能になるのだろうか。

広い視野に立つ「利己的な利他主義」の重要性

 「協働」への交渉を実現に導く第一歩は、当事者同士が自由に意見を表明できる環境を整えることである。互いに猜疑心に凝り固まって非難し合ったり、本心を隠したり黙ったりしていては、Win-Winの道筋は見えてこない。Win-Winの道筋を見出すためには、相手の主張に耳を傾ける姿勢が重要になる。これは、相手の言い分を即座に受け入れるということではなく、相手の主張の中に自分たちの利益に合致する部分はないかを探る姿勢を持つことを意味する。

 紛争時には相手への否定的感情が先だって、ついつい攻撃的になってしまうものだ。とはいえ、交渉において感情に流されて判断すれば「競合」、すなわち戦争という最悪の選択に陥る恐れがある。「相手の利益になることが、回り回って自分たちの利益に繋がる」可能性を視野に入れ、相手の主張を吟味し、自分たちの主張と合致するところを探ることが、交渉に臨む際には肝要である。力を背景に相手が強圧的な要求を突きつけてくる場合であっても、自分たちの利益が相手の利益に繋がることを論理的に示すことで「協働」、すなわちより強固な協力関係へと局面を発展させることが期待できるだろう。

【引用文献】
Thomas, K. (1976). Conflict and conflict management. In M. D. Dunnette (Ed.), Handbook of Industrial and Organizational Psychology. Chicago, IL: Rand McNally.

※先生のご所属は執筆当時のものです。

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