第162回 組織の中の世代間意識ギャップについて考える

2024.6.3 山口 裕幸(京都橘大学 特任教授)

 昔から、若者と年輩者との間では、働き方や人生の価値観等、さまざまな側面でギャップ(違い・格差)があることは、しばしば話題に取り上げられてきた。世代間の異なる認識のぶつかり合いは、どんな社会や組織においても普遍的にみられる現象だろう。

 その典型的パターンは、年輩者が若者達を一括りにして「〇〇世代」と呼び、ステレオタイプ的な認知をすることである。「新人類」、「ゆとり世代」など、その類いのカテゴリ名称はたくさん存在する。かつては、毎年の新入社員達にレッテルを貼り、自慢げに話している年輩者がいたものだ。なぜ、多くの人がこのような認知様式に陥るのかについては、このコラムの第93回で述べたので参照してほしい。

 昨今、組織が直面するさまざまな課題の中で、若い世代が年輩者達を一括りにしてレッテルを貼る現象についても関心が寄せられている。いわゆる「働かないおじさん」問題と呼ばれる現象である。この問題の難しさは、「働かない」という言葉が、仕事をさぼっているという意味よりも、期待されていることと成果とが一致しないとか、仕事への意欲が足りないとか、本人が正しいと思っていることが実情とズレているとかの意味で使われているという点である。

 これは、若者達中心に、働く人達の意識が大きく転換していることを示唆している。「高い職位について、多くの給与を得ているのであれば、それに見合った成果をあげ、組織に貢献すべきである」という考え方を、多くの若者達が共有しているからこそ、「働かない」という表現に行き着くのだと考えられる。

 年功序列で終身雇用が当たり前だった時代に社会に出た人達は、「若いうちの苦労は買ってでもしなさい」と言われ、20歳代〜30歳代前半は、安い給料で目一杯働きながら、自分も管理職やベテランになれば今よりも楽な仕事をして多くの給料をもらう生活が待っていると期待しながら頑張ってきたのである。しかし、時代は進み、成果主義的な考え方も取り入れられる時代を迎え、いつの間にか、多くの給与を得ているのであれば、それに見合った成果をあげ、組織に貢献すべきだという価値観が優勢になっている。

 こうした社会で共有されている価値観に適応できないまま、自分の経験に即した自分なりの考えで働いていると、思いがけず「働かない」おじさん(女性の場合は、おばさん)と呼ばれることになってしまう。自分なりに着々と仕事をこなしているにもかかわらず、役職に応じた期待される成果をあげていないと批判されることについては、若干の同情を覚えないでもないが、後輩や若者達に対して成果を求めている以上、「昔は一所懸命に働いたのだ」と言い訳してもむなしいだけだろう。

 ただし、年輩者や職位上位者が、若者達や部下達を一括りにしてステレオタイプ的な認知をしてしまうことと同じく、「働かないおじさん達」とみなす認知行為は、偏見の要素を多く含んでいる。偏見は、ギスギスした人間関係と対立的な世代間関係を生み出していく。そして、感情的なコンフリクトは組織にネガティブな影響を及ぼすことになる。傍観することなく適切な対応が必要である。

 「働かないおじさん」と思われている当人は、なぜ自分がそう思われてしまっているのか理解できていない場合も多いだろう。思っている側も、面と向かって指摘するのは気が引けるため、なかなか本当のことは言えないままで事態が推移しがちである。組織内コミュニケーションの主流が、対面的直接コミュニケーションから、メールやチャットをはじめとする非対面のオンラインコミュニケーションに移行している今日、組織のメンバー同士が互いの考えや思いを正しく理解し合うことは容易ではなくなっている。この環境的な問題を超えて、互いの考えと思いを正しく理解し合うために、対話の機会を作り出す工夫が大事になっている。

 組織に心理的安全性を醸成することの重要性は繰り返し指摘しているが、その第一歩は互いの考えや思いを理解し合うための対話の場づくりである。「なんか私は『働かないおじさん』らしい」と鬱々と過ごすよりも、自分は何を期待されているのか、働く仲間達から話を聴いて理解することの方が健康的だろう。若手も裏に回って陰口をたたいているよりも、自分達の思いを理解してもらうことの方が建設的だろう。ダイアローグにせよ、ワン・オン・ワンにせよ、対話の場づくりは手間ひまのかかる取り組みであるが、それを忘れると、組織の中はさまざまなギャップで断絶され、機能が衰える一方になってしまう。組織の持続可能性を高めるために、対話の機会づくりの工夫を続けることは組織が取り組むべき喫緊の課題になっている。

※先生のご所属は執筆当時のものです。

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