第165回 組織に心理的安全性を醸成しようとするときの心理的ハードル(2)~対話と調整に基軸を置くリーダー行動と組織の混沌~

2024.9.3 山口 裕幸(京都橘大学 特任教授)

 前回、組織に心理的安全性を醸成していこうとする際の潜在的障壁として、メンバーの対人関係の心理に深く埋め込まれている権威勾配について紹介した。そして、この障壁を越えていくには、指示や命令で部下を動かそうとするリーダー行動よりも、メンバーとの対話とそこで生じるさまざまな意見の衝突を調整することに基軸を置いたリーダー行動の重要性に注目すべきことを指摘した。ただ、問題なのは、指摘することは容易だが、実践しようとするときの具体的行動の取り方をどのようにすれば良いのか、必ずしも明瞭ではなく、曖昧さを残していることである。

 対話と調整を基軸にして心理的安全性を醸成する方途について考えていくと、組織の管理職の多くが、部下達を指示・命令で統率しようとする傾向を強く持つ理由がわかってくる。その理由は、対話と調整を重視すると、部下達のさまざまな意見に耳を傾けなければならず、場合によっては、どっちつかずになって、混沌とした状況を招くことになるからである。管理職とは統率すべき立場だと考えている人ほど、対話と調整に基軸を置くことは、管理職のあるべき姿とはかけ離れた方向に進む危険性を感じてしまうのかもしれない。

 リーダーである管理職が部下の考えや意見を聞くことだけに終始すれば、懸念の通り、混沌が生じる可能性は高い。しかしここでのポイントは、耳を傾けて聞いた意見を理解し、受け入れながら、同時に自分の見解も明示することである。リーダーが自分自身の考え、信念を持ち合わせない、あるいは持ち合わせていてもそれを示さないのであれば、部下達は、それこそ疑心暗鬼に陥ってしまうだろう。管理職がリーダーとしての自身の考え方や方針を明快に示すことは、管理職に就くときには誰もが意識する課題であろう。このとき、管理職としての自身の方針について、自問自答して明確に意識化していくことにも取り組むことになる。

 ただ、自分が管理職で上位者であり、部下を統率することが職責だと考えがちであると、つい「私(の考え)についてこい」というスタイルに陥りがちである。そもそも人間には、人によって濃淡はあっても一定程度の支配欲求が備わっている。しかも、上述したように混沌を招きかねない対話と調整に軸足を置いたリーダー行動は、管理職にとっては面倒なことになる恐れも感じるため、部下の意見は聞かずに、あるいは聞いても受け入れることなく、自分の信念・確信を押しつける方が手っ取り早い。管理職個人にとっては、合理的な行動選択かもしれないが、これが続くと部下達は、皆、黙りだす。意見を言っても無駄であるし、「上司の機嫌を損ねるのではないか」とか、「後々の人事考課に悪影響があるのではないか」と心配になるからである。

 組織の持続可能性を考えるとき、この部下達の沈黙は、いずれ組織が環境の変化に適応しきれなくなることにつながってしまう。内部から環境の変化に適応すべく自律的に自分達の組織を変革していこうとする意欲も知恵も出てこなくなってしまうからである。そうなってから、組織上層部が、「変革が重要だ」「変革に向けて行動しろ」と言っても、皆、いやいやながら重い腰をあげるような受け身の変革への取り組みになってしまう。

 部下の意見に耳を傾けると同時に、自身の考えも丁寧に説明し、意見交換を行う。さまざまな意見が出て混沌としてきたときは、整理して、落としどころを一緒に考える。こうした地道な取り組みの積み重ねが、部下達も意見を言いやすくして、心理的安全性の醸成につながる。そもそも組織で一緒に働くということは、組織目標の達成に向けて力を合わせるという筋の通った道しるべを共有することを意味している。部下達を支配し統率するアプローチには、歴史の英雄に学ぶところもあり、管理職個人にとっては大変魅力的である。しかし、組織の持続可能性を高めることを考えれば、支配と統率に軸足を置いたリーダー行動よりも、対話と調整に基軸を置いたリーダー行動の方が、理に適っていると言えるだろう。

 肝心の具体的行動の取り方であるが、対話と言っても肩肘を張る必要はない。対話(dialogue)とは結論を出す必要はない話し合いのことを意味している。議論や討論のように意見を戦わせるものではない。その意味で、職場の何気ないおしゃべりや雑談が該当すると考えられる。何気ない日常の雑談こそ、最も望ましい対話だと考えて、ざっくばらんに部下達に話しかけるところから始めると思いのほかうまくいく。このことは、さまざまな事例研究で報告されており、実証研究も進みつつある。時間がかかり、まどろっこしく感じるかもしれないが、そんな地道な取り組みが、対話で組織の心理的安全性を醸成し、活気も高めるのである。

※先生のご所属は執筆当時のものです。

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