第173回 生成AIによる人事評価はメンバーのモチベーション向上につながるか~対人認知に関する社会心理学的研究の視点から~

2025.5.16 山口 裕幸(京都橘大学 教授)

広まりつつある人事評価への生成AIの活用

 生成AIの発展はめざましく、ビジネスシーンのさまざまな場面で活用されるようになっている。今回注目するのは、人事評価に生成AIを導入するケースについてである。

 人事評価は、人が人を評価する以上、たとえ評価基準を定めていても、ある程度は主観的なバイアスが入り込み、公正性には限界がある。そうした限界を克服するために、より精緻なルールに基づいて公平な運用を行うシステムを構築しようとすれば、その運用コストが高くつくという問題もあった。

 生成AIを人事評価に導入するメリットの1つは、緻密にデザインされた評価システムを、しかも迅速に運用できる点である。また、活用が進むにつれて生成AIは学習を重ねていくため、業務遂行にかかる時間や労力のコストを削減できることも大きな利点だと言える。さらに、人間が評価を行う際に影響を与える感情や認知バイアスの影響を排除し、より公平な評価が可能になる点も重要なメリットである。加えて、省力化が進むことで、より多様な評価基準を取り入れることが可能となれば、さらに的確な評価システムの構築につながるだろう。

 ただし、社会心理学的な視点に立つと、人事評価のプロセスで生じるさまざまな認知バイアスは、無自覚のうちに発動されるものであるだけに、それを克服するのは容易ではない。では、具体的にどのようなバイアスが生じるのか、次に簡潔に紹介してみよう。

生成AIの導入で克服が期待されるさまざまな対人認知バイアス

 人事評価を行うプロセスにおいて、重要な影響を及ぼす認知バイアスには、どのようなものがあるのだろうか。ここでは、代表的なバイアスをいくつか紹介する。

 まず挙げられるのは、ハロー(halo, 光背)効果である。これは、評価対象者が持つ顕著な特徴に引きずられて、その他の特徴に関する評価にも歪みが生じてしまう現象を指す。たとえば、評価対象者の父親が優れたスポーツ選手であるという事実から、その子どもである対象者も優れたスポーツ選手であるという前提で評価してしまうことがある。また、本人の学校の成績が優秀であると、「真面目な性格であるに違いない」と推測して評価してしまうこともハロー効果の一例である。

 次に、系列位置効果の影響も見逃せない。これは、評価項目が複数あり、それぞれの情報が順番に提示される際に生じるバイアスである。最初に示された情報が、後に示された情報よりも強く記憶に残る現象を初頭効果、逆に最後に提示された情報が最も強く印象に残る現象を新近性効果と呼ぶ。どちらの効果が顕著に現れるかは、提示される情報の質や量、あるいは評価者の認知的複雑性など、さまざまな要因によって左右される。

 さらに、類似性バイアスも人事評価に影響を与える。これは、評価者が自分と似ていると感じた相手を、無意識のうちに高く評価してしまう傾向を指す。

 このように、評価者の認知にはさまざまなバイアスが無自覚のうちに影響を及ぼしており、人間が人事評価を行う以上、こうした歪みが完全になくなることは難しい。したがって、人事評価の結果を受け止める際には、これらのバイアスの存在をあらかじめ織り込んで理解する必要があり、公正性には一定の限界があるのが現実である。

評価される側は納得するのか

 評価する側の視点に立てば、生成AIの導入は、従来よりも公正性の高い評価を実現する手段として期待されるだろう。しかし、評価される側の立場から見ると、それを「公正な評価」として納得し、受け入れることができるかどうかは、必ずしも容易ではない場合も多い。

 たとえば、導入された生成AIによる人事評価システムが、どのような評価基準に基づき、どのような測定を行って評価を下しているのかが、システムを開発した企業によって開示されなければ、生成AIという、いわば「ブラックボックス」の中で行われた評価を、そのまま受け入れざるを得なくなる。特に低い評価を受けた従業員にとっては、自分がどのような基準と根拠で評価されたのかが不透明なままでは、不満や不信感が募ることは避けられない。この問題は、評価システムを開発・提供する企業の情報開示姿勢に関わるが、企業側としては、システムの知的財産や競争上の理由から、容易に情報開示に応じることは難しいと考えられる。そのため、評価システムがブラックボックス化し、それによる不満や不安がつきまとう可能性がある。

 さらに、生成AIの評価結果に全面的に依存し、「それがすべて」として画一的な評価を下すことも、評価される側にとっては大きな不満の原因となりうる。そもそも、人事評価そのものをAIに委ねるということに対して、反発や抵抗感を抱くことも想定される。

 評価される側の納得を得るためには、生成AIが提示する評価結果に全面的に依存するのではなく、それをあくまで補助的な情報として位置づけるべきである。そのうえで、数値化しにくい要素も含め、多面的かつ明快な評価基準を開示しながら、評価結果を説明する姿勢が求められる。

 人事評価には、多大な労力や時間、そして精神的ストレスが伴う。生成AIの導入は、そうした負担の軽減に資するものとして大いに期待される。他方で、評価される側の心理や感情を十分に理解したうえで、導入方法を慎重に検討することは、従業員のモチベーションやエンゲージメントの向上、さらには人材育成の推進において、決して軽視できない重要な課題だと言えるだろう。

※先生のご所属は執筆当時のものです。

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