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2012年7月10日(火)

行動観察と社会心理学

第25回 相互理解のコミュニケーションを考える-互いに信頼し、困難と向き合うために-

 前回は、リスクについて説明し、正しく対応してもらおうとする立場の人々と、リスクを理解し、的確に対応しようとする立場の人々のコミュニケーションが、想像以上に困難であることについて解説してきた。説明する側は、ついつい理解を勝ち取ろうとして説得的になるのに対して、説明される側は、リスクがもたらす恐怖感に過敏に反応しがちなのである。

 ただ、何よりも相互理解を難しくしているのは、コミュニケーションを交わす双方が互いに相手に対して幾ばくかの不信感を持っていることであるように思われる。説明する側は、相手がたやすくパニックに陥るのではないかと恐れ、説明される側は、相手の提示する情報の真実性に疑いを持ってしまいがちである。

 実際のところ、東日本大震災で生じた大量のがれきを、全国各地で引き受けて処分しようという動きに対して慎重論・反対論を唱える人々の多くが、政府の説明には嘘があるのではないかという不信感を口にしている。福島第一原発の事故発生直後の状況についても、ずいぶん後になってから真実のようすが知らされ、日本国民はもちろん、世界中が日本政府と東京電力の説明に強い不信感を覚える事態に陥っている。

 自己利益の獲得とその最大化を目指す交渉の場面であれば、相手の言動にある程度疑いを持ちながらコミュニケーションをとることも仕方がない。しかし、リスク・コミュニケーションが交渉の様相を呈してしまうことは、あるべき姿とは異なるものであることは前々回も指摘した通りである。では、どうすれば、リスク・コミュニケーションを、お互いを信頼してリスク情報を共有する場にすることができるだろうか。

 ここで、何か有効なテクニックや戦術に頼ることは難しいように思われる。愚直に腹を割って話すことが大事であるという気がする。とはいえ、「それはわかっているけど、なかなかできなくて」というのが、当事者になったときの本音ではないかと思われる。「相手を信頼して」と言っても、そうそう簡単にできることでもない。そこで参考にしたいのは、交渉に関する実証研究の知見である。「さっきは交渉の枠組みにしてしまってはいけないと言っておきながら、何なんだ」と感じる人もいるかと思うが、お互いが利益を得るための交渉のあり方についてはたくさんの研究が行われており、参考になる知見が多く存在する。その中でも、カーネマンとツベルスキー(Kahneman, D., & Tversky, A., 1979)が提示したフレーミング(状況のとらえ方を決める視点の枠組み)に関する研究の成果が参考になる。

 カーネマンらの理論を参考にして、バザーマンら(Bazerman, M. H., Magliozzi, T., & Neal, M. A.,1985)は、商品の売買交渉ゲームを使った実験を行っている。彼らは、交渉に臨む両者に対して、(A)「できるだけ損失を小さくことに注意して交渉を行って下さい」という教示を行う条件群と、(B)「できるだけ利益を大きくすることに注意して交渉を行って下さい」という教示を行う条件群を設定して、実験を行った。たったそれだけの違いが、交渉の結果には大きな影響をもたらした。「損失を小さく」という視点(ネガティブなフレーミング)で交渉に臨んだ両者は互いに主張を譲らず交渉成立に至らないケースが多かったのに対して、「利益を大きく」という視点(ポジティブなフレーミング)で交渉に臨んだ両者は、多くの交渉を成立させ、獲得した利益も多かったのである。

 こうしたフレーミングの効果は、交渉場面はもちろん、個人の意思決定やコミュニケーションの場で、広く見られるものであることが実証されてきている。また、状況の表現の仕方ひとつで、フレーミングの様相は容易に変化することも明らかになっている。

 この研究結果は、リスク・コミュニケーションに臨むとき、当事者たちが、少しでも実りある話し合いをしようという視点を持つことの大事さを示唆している。いうまでもなく、説明する側もされる側も、リスクを正しく認識しながら、その困難と向き合って、生活していこうとしている。どうしても自分の都合を優先したくなる気持ちになってしまうのは人情であって、やむを得ない面もある。しかし、説明する側もされる側も、同じリスクと向き合い、それを克服していく仲間であることの方を強く意識することを思考の出発点にする必要がある。そして、「できるだけ幸福の度合いを大きく」という視点を持って、当事者どうしがコミュニケーションに臨むことが期待される。ただし、こうしたフレーミングは、相手次第で比較的簡単にネガティブなものに変わってしまいがちであるから、絶えず心の中でリフレインする(繰り返す)ことが大事である。

 次回は、近年注目が集まっているトピックについて論じたい。被災したり、ショックな出来事に遭遇したり、あるいは失敗してしまったりしたときに、落ち込んだ心理状態、くじけてしまった精神状態から立ち直る力(レジリエンス、復元力)についてである。レジリエンスを備えた人やチーム、組織は、どこがどう違うのか、どのようにそれを身につけてきたのだろうか。

<引用文献>
Bazerman, M. H., Magliozzi, T., & Neal, M. A. (1985). Integrative bargaining in a competitive market.
Organizational Behavior and Human Performance, 34, 294-313.
Kahneman, D., & Tversky, A. (1979). Prospect theory: An analysis decision under risk. Econometrica, 47, 263-291.

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