第21回 効果的な説得的コミュニケーションのあり方をめぐって(3)-説得と心理的リアクタンス(反発)の関係に注目して-

2011.11.11 山口 裕幸 先生

 子どもの頃、夕方のんびりとテレビの前でくつろいでいると、母親から「宿題はやったの?勉強しなさいよ!」と声をかけられ、逆にやる気をそがれてしまったという経験をしたことはないだろうか。「せっかく今からやろうと思っていたのに!」とつぶやきながら、いやいや机に向かい、マンガを読み始めてしまったりする。yamaguchi21-1.png

 モチベーションに関するコラム(第5回)でも論じたが、人間は自分で自分の行動を考え、決定するときに最もやる気が高まるものである。他者から指示、命令されて動くときは、やる気はなかなか出てこない。とりわけ、なぜそうする必要があるのかについての説明の根拠が弱かったり、不明確であったりすると、心理的リアクタンス(反発)を感じることになる。そうなると、指示や命令に逆らってみたり、説得されたものとは全く逆の行動や考え方をとったりすることさえ起こる。後者は、「ブーメラン効果」と呼ばれる現象で、最も極端な反応ではあるが、いずれにしても、心理的リアクタンスは、説得や依頼の邪魔をしてしまうのである。

 心理的リアクタンスが発生する理由は、基本的に、人間は自分の考えや行動については、自分が自由に決定できる状態を好むことにある。指示や命令はもちろん、依頼や説得であっても、自分の考えや行動に制限を加えるものであるとき、人間は自己の自由への脅威を感じ、自由を回復することに動機づけられるのである。したがって、他者に対して、何らかの行動や態度を変えるように依頼したり説得したりするときには、ほぼ自動的に心理的リアクタンスは発生するものと考えておく方が無難である。

 とはいえ、電車の中で大声で騒いでいる人たちに「静かにしてください」と言いたいときもあるし、歩道をふさぐように自転車を停めようとしている人には「駐輪場所に停めてください」と言いたいときもある。管理職になれば、部下に耳の痛いことを指摘して、しっかりと仕事をするように話をしなければならないこともある。冒頭の事例だって、親になってみれば、ぐずぐずして宿題を始める気配を見せない子どもには、ひとこと言いたくなるものである。そんなとき、どんなことに気をつけておくと良いだろうか。

yamaguchi21-2.png ひとつには、できるだけ心理的リアクタンスを弱いレベルに押さえる工夫をすることがあげられる。「トイレを汚すな!」ではなく、「トイレをいつもきれいに使用していただきありがとうございます」と表現されると、心理的リアクタンスは抑制され、きれいに使わないと申し訳ないという気持ちになる。説得したい相手の自由や自律性を制限するのではなく、説得する側の望んでいる状態が実現される方向に相手が自律的に行動するように表現を工夫するのである。

 また、説得や依頼の正当性を示すしっかりとした根拠を示すことも大事である。「禁煙しろ」、「酒を飲むな」、「毎日15分は歩け」と、説得するとき、なぜ喫煙や飲酒がその人の健康にとって危険なのか、歩くことがなぜ健康回復に有効なのかを、客観的なデータを添えて、わかりやすく論理的に説明することが大事になる。正当で確固たる根拠に基づくものであれば、説得や依頼はもちろん、指示や命令でも人間は受け入れることが明らかになっている。

 説得や依頼を受け入れることで得られるメリットがある場合には、その根拠を示すことが効果的である。一時的に、心理的リアクタンスは発生しても、応諾することの正当性やメリットの認知との間でバランスがとられ、その影響は小さいものにとどまる。さらにいえば、説得する側とされる側の間に、信頼関係が築かれていれば、心理的リアクタンスの発生も抑制される。これは、信頼関係によって、説得される側が相手の説得や依頼を基本的に受け入れる心理的構えを持ってしまうことによるものである。

 我々の実際の生活は、信頼関係のある人々とのつきあいばかりではく、不特定多数の相手に説得や依頼を行う場合もある。また、根拠を明確に示すことが大事だといっても、そのことで、かえって相手の心理的リアクタンスを高めてしまう場合もあるかもしれない。たとえば、サービス産業においては、顧客の方に非があって生じたトラブルであっても、それを「あなたが間違ったのが原因だから?」と伝えたのでは、元も子もなくなることが多い。となると、やはり一番現実的なのは、表現の工夫と言うところに行きつく。どんな表現をすればいいのか、ということに関しては「アサーション」の研究と技法が参考になる。アサーションに関しては、また回を改めて紹介することにしよう。

※先生のご所属は執筆当時のものです。

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