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2015年10月19日(月)

行動観察と社会心理学

第63回 組織の集合知性を育むには(4)-メンバーの視野を広げる働きかけとは-

 自律的に組織の集合知性を生み出すには、個々の成員が自己の職責や利益ばかりを気にする狭い視野を超えて、他の成員や部署の利益まで考える視野の広がりが重要な鍵を握ることを前回は考察してきた。では、どうすればメンバーの視野を広げることができるだろうか。この問いは、組織マネジメントにとって、古色蒼然としたものかもしれない。とはいえ解決は容易ではない。この課題を克服する鍵は、組織のミッションやビジョンの構築と提示をめぐる問題と深く関わるところにある。

  前回紹介したように、組織で職責を与えられて働くことは、個々の成員にとって社会的なアイデンティティーの獲得を意味し、それが内集団と外集団の心理的線引き(識別)を引き起こす作用を持つ。その他にも、組織で生活すると、仕事に取り組む姿勢や価値観の異同によっても、他者と自己の間に心理的線引きが生じることも起こる。仕事上の問題だけでなく、趣味や価値観の違い、ときには「なんとなく馬が合う(合わない)」といった感覚的・感情的なものまで含めて、他者との間に溝や壁が生まれることも多い。

 そうした繰り返し経験する自他の識別行為は、自己の責任を果たし、利益を守ることを個人に重視させる働きをする。また、業務評価を個人の成果に基づいて行う「成果主義」的な評価も、時として、自分の目標達成、業績アップさえ気にかけておけば良いという気持ちにさせてしまう働きを持つことがある。結局のところ、組織で働く個人は、基本的に自己利益中心的な狭い視野に陥りがちな環境におかれていると考えておく方がふさわしいといえるだろう。サイロ化現象は起こるべくして 起こっているのである。

 この心理的線引きや、自他との間に作り出す「目に見えない」壁や溝を超えて、他者や組織全体、社会全体の利益を気にかけて判断し、行動する視野の広がりを導くことは可能だろうか。この問題を克服する有効な働きかけについては、これまでにもたくさんの研究者・実務家が提唱してきている。それは、組織のミッション(社会に対して組織がこうなりたいという目的)やビジョン(組織としてこうなりたいという状態)の提示と呼ばれるものである。すなわち、組織が将来に向かって目指す姿を、成員たちに明瞭に示すことが、視野の広がりをもたらし、他の成員や組織に対する協力行動や互恵的行動を促進すると指摘されてきたのである。これは理屈にあった指摘である。

 ただし、提示すればうまくいくと 考えるのは短絡的に過ぎるかもしれない。提示するミッションやビジョンは、個々の成員の将来にとっても魅力的で有益なものである必要がある。経営者や管理者にとってばかり都合の良いビジョンを示されても、個々の成員は一緒になってそれを目指そうという気になれないし、そうなると視野の広がりももたらされない。

 もうひとつ大事なのは、納得できるミッションやビジョンであることである。「なるほど」と思えるスジの通った論理的で根拠のしっかりした現実的なミッションやビジョンでなければ、成員たちの関心も高まらないし、一緒に目指そうという動機づけも駆り立てられることにならない。

 成員たちの視野を広げようとすれば、彼らにとっても有益で理屈の通った納得のいくミッションやビジョンを作り上げ、また提示することが大切になってくるわけである。そうした優れたミッションやビジョンを構築するには、成員一人ひとりとのダイアローグ(対話)を基本とするコミュニケーションが大事になってくる。コミュニケーションをとること自体を目的と考えがちになることがあるが、コミュニケーションはあくまでも手段であって、それによって達成すべきことが目的である。成員一人ひとりが考えていること、感じていること、望んでいることを明瞭に把握することが、的確なミッションやビジョンの構築には必要であり、その把握のためには聞くことを主体とする対話を基本に据えたコミュニケーションを実践することが大事になるのである。

 かつてはガバーンメント(government:支配)が主流であった行政マネジメントも、民主主義社会の熟成とともに、近年ガバナンス(governance:統治)、すなわち、住民の意見を良く聞き、話し合い、理解を得ながら進める取り組みへとシフトし始めている。組織マネジメントに関しては、成員たちと管理者との対話の重要性は以前から指摘されてきたことではあるが、得てして、指示・命令-服従の関係に陥りやすく、実現することは必ずしも容易ではない。

 管理者たちが、的確な組織のミッションやビジョンを構築することこそが目的であることを認識して、成員たちの望みや関心はいかなるものであるかを理解しようとする姿勢を持って話に 耳を傾けるコミュニケーションが実現されるとき、成員たちは、自己の利益への関心を超えて、全員でミッションやビジョンの実現に向けて団結して進もうとする態度をもつことになる。

 組織全体をビジョンやミッションの達成に駆り立てるための取り組みは、成員たちの視野を広げることによって実現されるものである。すなわち、その取り組みは、組織の集合知性構築を促進する副産物を伴う可能性が高いと考えられる。こうした視点からビジョンやミッションの提示の効果をとらえることも可能であり、今後の研究の展開が期待される。

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