第178回 社会問題への不満の高まりは攻撃と排斥によって解消されるか

2025.10.3 山口 裕幸(京都橘大学 教授)

社会問題が解決されないことへの不満の高まり

 世界中の国や地域は、程度の差こそあれ、何らかの社会問題を抱えながら人々の生活が営まれている。日本の場合、少子高齢化やワーキングプア、就職氷河期世代の貧困など、長期的に指摘され続けているものもあれば、オーバーツーリズムや物価高騰のように近年注目され始めたものもあり、その範囲は多岐にわたる。

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 社会に生きる私たちは、こうした問題に折り合いをつけながら生活を続けていくしかないが、解決が進まなければ心の中の不満は次第に膨らんでいく。例えるなら、心の中の風船に不満というガスが徐々に充満していくようなものである。その風船が膨れ上がれば、些細な刺激でも爆発につながりうる。心理学的にいえば、攻撃的動機づけが高まり、攻撃行動が発動されてしまう事態である。実際、世界各地からのニュースを見れば、社会問題への不満が爆発した抗議行動や移民排斥の動きが報じられており、人々がフラストレーションの高い状態に置かれていることがうかがえる。

攻撃的動機づけの高まりは排斥につながりやすい

 大渕(1993)は、攻撃行動を大きく2つに分類している。すなわち、①フラストレーションを解消するための衝動的・感情的な攻撃行動と、②特定の目的を達成するための手段として選択される攻撃行動である。社会問題への不満によって高められた攻撃的動機づけは、多分に衝動的・感情的な性格を帯びる。フラストレーションを発散することが優先され、同じ不満を抱える人々との連帯意識も急速に形成される。SNSの普及により、こうした「不満コミュニティ」の形成は容易になった。仲間の存在は、攻撃対象を見つけたときに事実確認を十分に行わないまま攻撃行動に踏み出すことを容易にしてしまう。

 このような攻撃による不満解消は、差別や排斥といった深刻な社会問題を生み出す。単に特定の属性を持つだけで攻撃対象とされ、スケープゴート化されることもある。たとえば、アメリカにおける移民排除の動きでは、長年在住し市民権を得ている人であっても、移民であるという理由や、単に外国人であるという理由だけで職を奪われたり、強制送還されたりする事態が発生している。日本においても、オーバーツーリズムや国家安全保障への不安、不動産価格高騰といった問題に直面する人々が、これらを「外国人問題」とひとくくりにし、政治的な重要争点として掲げ始めている。そして、外国人を排斥し日本社会から距離を置かせることで問題解決を図ろうとする動きが生じつつある。

攻撃で不満は解消され、人々は幸福になれるか

 スケープゴートを見つけ、うっぷんを晴らすことで、果たして私たちは幸福な社会を得られるのだろうか。冒頭で述べたように、各社会が抱える問題は多種多様である。1つの不満を晴らしたとしても、他の問題が解決されるわけではない。たとえば、仮に「外国人問題」が解決されたとしても、物価高騰や低所得、少子高齢化といった課題まで解決するわけではないだろう。むしろ、差別や排斥という新たな問題を生み出しかねない。

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 不満を解消しようとするなら、攻撃対象や方法を冷静に見極め、行動を選択することが重要である。攻撃行動には衝動や感情が大きな役割を果たすが、人間には目的達成に効果的な行動を冷静に選択する力も備わっている。衝動的で拙速な不満解消ではなく、理詰めで問題解決の道筋を長期的視点から選択していく冷静さこそが、いま求められている。


【引用文献】
大渕憲一 (1993). 『人を傷つける心: 攻撃性の社会心理学』 サイエンス社

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