第180回 "意外な"人間心理や行動を明らかにした社会心理学の研究結果(1)〜 自分自身をごまかしてしまう認知的不協和解消への動機づけ 〜

2025.12.3 山口 裕幸(京都橘大学 教授)

生成AI技術が飛躍的に進歩し、日常生活にも広く浸透しつつある。人間が行う多種多様な認知や意思決定の特徴を経験的に学習することで、近い将来、人間の思考を精確に再現するだけでなく、それを凌駕する生成AIが我々の身近に存在するようになるだろう。
 とはいえ、長年、社会心理学の研究に携わるなかで、人間の心理や行動には、理解するのが一筋縄ではいかない意外性や、生活実感とは矛盾するように思える現象が少なからず存在することに気づかされてきた。
542_01.jpg  さて、こうした意外性や矛盾を含む人間の心理や行動は、いずれ生成AIによって再現されるようになるのだろうか。そうした素朴な疑問を出発点として、今回から数回にわたり、"意外な"人間心理や行動について、それを明らかにした研究結果を紐解きながら紹介していきたい。最初のテーマは、噓をつくように強制された人間の、その後の行動と認知である。

単純作業の繰り返しは"退屈な仕事"なのか

 まずは実際に行われた実験の概要を紹介しよう。フェスティンガーとカールスミス(1959)は、スタンフォード大学で心理学の授業を受講している学生達に実験への参加を求めた。被験者となった学生は実験室に入ると、机の上のトレイに糸巻きを12個並べ、並べ終えるとトレイを空にして再び12個並べるという作業を繰り返すよう指示された。この作業を30分行ったのち、次に48個のペグ(ギターの弦を巻いて調整するためのネジ)が付いた正方形の板を渡され、ペグを時計回りに1個ずつ1/4回転させ、すべて終えたら再度1/4回転させる作業を繰り返すよう求められた。
 こんな単純作業を合計1時間以上行わされることを想像してみて欲しい。誰しも退屈でつまらない実験だと感じるはずである。

強制的に噓をつくよう求められたら

 さて、ここからが実験の本当の狙いに関わる手続きである。フェスティンガーらは、実験終了後に被験者へ次のように依頼した。「実験室の隣の待機室には、次の実験への参加を検討している学生がいます。私(実験者)が実験の面白さや重要性を説明しても説得力に欠けるので、あなたの体験をもとに、実験が面白くて重要な研究だという印象をその学生に与えて欲しいのです」。
 こうして被験者は待機室に連れて行かれ、実際には退屈だった実験を「面白い・重要だ」と説明する、すなわち本心とは逆の内容を語るよう求められた。言い換えれば、噓をつくことを強制的に承諾させられたのである。
 この時、被験者は自分の本心と行動が矛盾する「認知的不協和」の状態に陥ったと考えられる。

噓をつく(つかされる)ことの対価は?

 さらに重要な操作として、実験参加の謝金(報酬)を3種類に分けた。具体的には、a)無報酬、b)1ドル、c)20ドルの3条件である。当時の金銭感覚では、1ドルは非常に低額であり、20ドルはまずまず正当な金額だったと言える。実験者は学生を無作為に3つの条件へ20名ずつ割り当て、実験後に本音の感想をインタビューした。
 質問項目は、①課題の楽しさ、②学べたことの程度、③科学的な重要性、④今後の参加意欲、の4点で、+5(高評価)から−5(低評価)の11段階の数値で回答を求めた。要するに、実験をどれほど好意的に評価したかを測定したのである。

認知的不協和の呪縛からどう自己を解放するか

 多くの人は次のように予測するかもしれない。「1ドルしかもらえないのに噓をつくのは馬鹿げている。だから本音の"つまらなかった"という評価をするだろう。一方、20ドルもらえるなら噓をつく価値があると思えるので、多少は好意的な評価をするはずだ」。
 しかし実際の結果はその予測とは逆で、1ドル条件の被験者が最も実験を好意的に評価していた。なぜ、わずか1ドルの謝礼しか受け取らないのに、20ドルを受け取った学生以上に好意的な評価をするのだろうか。
 その理由は次の通りである。20ドルを受け取った学生は「報酬が十分あったから噓をついたのだ」と自分の行動を納得させる理由を簡単に見つけられる。これに対して1ドルしか受け取っていない学生は、噓をついた妥当な理由が見つけにくい。無報酬であれば「研究者に強く頼まれたから」と説明できるが、1ドルという中途半端な報酬では、噓をついた行動と自分の本心の矛盾が強く残り、認知的不協和が大きくなるのである。その不協和を解消するために、被験者は「自分が言ったこと(実験は重要で面白いという評価)は間違っていない」と思い直し、実験をより好意的に評価する方向へと心を変化させたと考えられる。

認知的不協和の解消は、さまざまな局面で見られる

542_02.png  「ああ言ってしまった手前」「ああしてしまった以上」という理由で自己正当化に走る行為の背景には、認知的不協和を解消しようとする心理が働いていることが少なくない。
 例えば、たばこが健康に有害だと知りながら喫煙を続ける人は、「健康でいたい」という思いと「たばこを吸いたい」という思いが衝突し、認知的不協和を経験する。すると、「ストレス解消になる」「健康診断で異常は出ていない」など、たばこの効用を強調したり、「太く短く生きるのが自分の信条だ」と健康を軽視する主張をしたりして、自分の選択を正当化しようとする。
 このように認知的不協和の解消を求める心理は、時に無理のある自己正当化をも引き起こすことがある。フェスティンガーらの研究は、そのことを明確に実証した点で画期的であった。


【引用文献】
Festinger, L., & Carlsmith, J. M. (1959). Cognitive consequences of forced compliance. The Journal of Abnormal and Social Psychology, 58(2), 203-210.

※先生のご所属は執筆当時のものです。

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