第74回 ひとりの行動が社会変動に結びつくとき(3)-ラタネたちのシミュレーション実験を参考に-

2016.09.12 山口 裕幸 先生

 前回は、少数のフリーライダーの行動を安易に見過ごしていると、周囲の人々がそれに影響されて、フリーライダーに追随するようになって、社会全体にフリーライディングが広がってしまう現象について紹介した。これはきちんと社会のルールを守り、社会の一員として責任を果たすことよりも、フリーライディングすることが、個人にとっては当面の利益は大きい場合の話であった。

 では、前々回取り上げたイギリスのEU離脱をめぐって、賛成する人たちと反対する人たちが混在している状況では、どのようにしてお互いは影響を及ぼしあいながら、最終的にどのような社会状況を作り上げるのだろうか。このような問題に関しては、本コラム18回で紹介した社会的インパクト理論の提唱者であるラタネたちのコンピュータ・シミュレーション実験(Nowak, Szamrej, & Latane, 1990)の結果が有用な視点をもたらしてくれる。

 彼らは、縦40×横40からなる1600個のマス目の方眼図をコンピュータ画面に作った。そして、このマス目のひとつひとつを個人として見立て、2種類の態度のうち、どちらかの態度を持つ者として考えた。2種類の態度とは、イギリスのEU離脱への賛成・反対の態度や、脳死を人の死として認めることへの賛成・反対の態度等、色々なものを想像してもらっていいだろう。ラタネたちの実験では、図1に示されるように、1つの態度をI(縦棒)で、もうひとつの態度を-(横棒)で表している。

 1600人からなる社会において、70%の人々がI(縦棒)を支持する態度を持ち、残りの30%の人々が-(横棒)を支持する態度を持っている場合、お互いが影響を及ぼしあった結果、どのような社会状況になるのかをシミュレーションしたのが、図1に示されている結果である。I(縦棒)派が多数派で、-(横棒)派は少数派の状況であるが、初期段階では、それぞれの態度の持ち主がどのマス目に位置しているかは全くランダムに決められていた。つまり、同じ態度の人間が寄り集まっていることはない状態からスタートしたわけである。

 そして、あるマス目に位置する人間が、I(縦棒)派と-(横棒)派の両方から受ける影響の強さを、図2に示した社会的インパクト理論の定式に従って、つまりそのマス目の周囲にいるそれぞれの態度の人々の数(N)と距離(近さ、直接性:I)を掛け合わせて計算していったのである。なお、社会的インパクト理論のもうひとつの成分である影響源の強度(S)は皆同じであると仮定することで計算では考慮していない。

 このとき、あるマス目の個人の態度がI(縦棒)の場合、I(縦棒)派から受ける影響の強さ(Imp)が-(横棒)派から受ける影響の強さを上回るか否かをチェックしていく。上回っていれば、そのままI(縦棒)の態度を維持するし、下回った場合、すなわち-(横棒)派から受ける影響の方が強かった場合には、-(横棒)の態度へと転換する。マス目の位置によっては、周囲の影響を受けて、態度が転換するものが出てくる。こうした変化が起こったことを受けて、次の段階では、どのようにお互いに影響を及ぼしあうのか、繰り返し計算していったのである。もちろん、一人ひとりは周囲から影響を受けるが、同時に影響を及ぼしてもいるのである。

 最初のうちは、変化が起こるが、計算を繰り返していくうちに、もう変化が生じなくなる収束状態になる。ラタネたちの実験では18ステップで収束したと報告されている。その収束した様子が図1の右側の図である。このシミュレーション実験では3つのことが指摘されている。

 まず、もともと70%を占める多数派だったI(縦棒)派は、さらに勢力を拡張して92%を占めるまでになったことである。初期段階ではそれぞれの態度の人間がランダムに位置していたにもかかわらず、お互いが影響を及ぼしあうなかで、こうした変化が生じたのである。

 2つ目は、それぞれの態度を持つ者たちが集って位置するようになったことである。初期段階よりも少数となった-(横棒)の態度を持つ者たちは左上方と中央部、および左下側に集まっていることがわかる。このことは、異なる態度の者が入り交じって生活を送ることよりは、同じ態度の者で寄り集まって生活するようになることを示唆する結果といえるだろう。亀田・村田(2010)はこれはいわゆる住み分け現象であり、ランダムから斉一性(似たような好みを持つ者が集まって固まりを作る現象)が、あるいは無秩序から秩序が生まれた様子を示唆するものと述べている。
3つ目は、少数派は、その勢力を減少させてはいるが、周辺部に固まることで、存続している点である。社会の中心部にいると四方八方から影響を受けざるを得ないのに対して、周辺部にいることで受ける影響の強さは限定される。したがって、少数者は周辺部において存続しやすいと考えられる。

 ラタネたちのシミュレーション実験は、「態度を決めかねている」者の存在とその影響や、各人の持つ影響力の強さの違いによる影響はシミュレーションに組み入れられてはいないが、個人の持つ行動や態度が、互いに影響しあって、社会全体としてどのような状態が生み出されるのかについて考えるとき、豊かな示唆を含んでおり、多様な現実場面とのつながりをイメージさせるものとなっている。

引用文献
Nowak, A., Szamrej, J., & Latane, B. (1990). From private attitude to public opinion: A dynamic theory of social impact. Psychological Review, 97(3), 362-376.
亀田達也, & 村田光二. (2010). 複雑さに挑む社会心理学: 適応エージェントとしての人間. 有斐閣.

※先生のご所属は執筆当時のものです。

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