第87回 「職場とは何か」をとらえ直す-働くことのフレーミングをより建設的なものにシフトさせるには-

2017.10.30 山口 裕幸 先生

 前回、職場で仕事をするときに、「失敗=責任を追及されるもの」というフレーミング(とらえ方)で働くことから、「失敗=将来のために学び生かすもの」というフレーミングで働くことへと転換を図ることが、「やらされ感」で働くことからの脱却につながる有効な取り組みであると述べた。さて、こうしたフレーミング・シフト(リフレーミングと呼ばれることも多い)は、どのようにして進めていけば良いのであろうか。今回は、管理者の立場で考えてみよう。

 職務に関して責任を与えられると、誰もが、その職責を全うすることに注意が向いて、それを脅かす事態(=失敗)は避けたいと願う心理状態に置かれるようになるものである。それは自然なことだろう。これは、失敗してはいけないということを常に気にしながら仕事に向き合うことを意味する。また、そういう立場に置かれた人は、誰もが、職責を全うしようとすることは正しいことであり、何がいけないのか、という気持ちになるものである。このような気持ちで日々の仕事をしていくことは、失敗は避けるべきだという「信念」を築き上げながら、日々の職場生活を送るようなものである。

 管理者としては、「職場で仕事をすることのフレーミングを変えよう」と提案しただけで、部下の信念はそうやすやすと変えられるものではないことを深く認識しておくことが大事になる。むしろ、当たり前だと思っているフレーミングを異なるものにしようといきなり提案されても、感情的な反発を引き起こすだけのことだと思っておく方がいいかもしれない。あるいは、「仰せの通りに」と従順な態度を示しつつ、実際には全く無関心で理解を示さないということもありうるかもしれない。

 こうした反発や無関心を打破するための第一歩は、「失敗=責任を追及されるもの」というフレーミングで仕事をしていることを部下に自覚してもらうところから始まる。そして、そうしたフレーミングで仕事をすることはごく自然なことであって、誰でもが持っているフレーミングであることを認めつつ、それゆえに「やらされ感」で働くことになっている現状も確認するようにする。そのうえで、他にも異なるフレーミングがありうることを一緒になって考えてみようと働きかけていく。管理者には、シフトすべきフレーミングの行き先がわかっているが、それを初めから押しつけることはせず、職場のメンバーみんなで考えてみることが大事である。自我関与することで、新たなフレーミングの受け入れに対する心理的抵抗は多少なりとも抑えられるものである。

 メンバーみんなも、よく考えてみれば、失敗したくないという思いは、仕事をやり遂げようとする思いよりも、責任を問われたくないという保身の感情から生まれていることに気がつくはずである。そして、この素朴な保身の感情が、失敗しそうなことは避けて、粛々と仕事を片付けることを優先する態度につながっていて、それが「職場=作業の場」というフレーミングを定着させていることにも気づけるようになる。さらには、このフレーミングで仕事をしていては、学習や向上のチャンスは著しく制限されてしまうことにも気づいていける。

 まずは、自らのフレーミングがいかなるものであって、それがどのようにして作られているのかを知ることで、他にどのようなフレーミングがあり、それはどのようにすれば作っていけるものなのかという問いを得ることにつながる。自分の働き方の現状に満足していない人たちは、この問いへの答えを探したくなるはずだ。

 他にどんなフレーミングがあるのかを一緒になって考える過程で、職場は個々の役割を達成することに加えて、仲間と連携したり、協働したりすることが不可欠な場であることや、仲間と気兼ねなくコミュニケーションをとることが、新しい発見やお互いの成長や向上につながることを話題にしていく。さらには人間が成長し、仕事の力量を高めるには、成功体験と同様に、失敗体験も必要であることに話題が及ぶようになると、メンバーたちも、今までとは異なるフレーミングの存在を認識するところに到達するのも間近となる。

 失敗をネガティブな経験としてとらえるのでなく、成長や向上の機会ととらえることは、理屈ではそれほど難しいことではない。しかも、自分一人でそう考えるのではなく、みんなと話し合う過程で出てくる考え方なので、そう考えることへの抵抗感や拒否感は低く抑えられる。管理者が、ここで「失敗=将来のために学び生かすもの」そして「職場=学習の場」というフレーミングを明確に提示することで、メンバーたちは、そんな考え方もあるのだなと認識することになる。

 ただし、この認識が持てたからと言ってフレーミング・シフトとはならない。あくまでも、そんな考え方もあるなと気づいた段階に過ぎない。ずいぶんと時間と手間のかかる取り組みだなと思うが、人間が暗黙のうちに信じ込んでいる価値観や日常的に実践している行動原則を、新しいものに変えていこうとするならば、各人が心の底から新しい考え方を受け入れて、自分のものにしていくために、丁寧な手順を踏んでいく必要がある。部下を指示や命令で動かすことに慣れきっている管理者にとっては、こうした慎重な手順を踏むこと自体が学習の機会となると考えてもらうと良いだろう。

 異なるフレーミングの存在に気づいたメンバーたちに、それを受け入れてもらい、フレーミング・シフトを完遂するまでのプロセスと取り組みのあり方はいかなるものなのか、次回、引き続き考えていくことにしたい。

※先生のご所属は執筆当時のものです。

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