第7回 組織の規範とメンバーの職務動機づけ(やる気)の関係-リターン・ポテンシャル・モデルを参考にして-

2010.06.25 山口 裕幸 先生

 組織において,メンバーの仕事への動機づけ(やる気)を引き出すにはどうすればよいのかという問題について,社会心理学の研究知見を参考にしながら論じてきた。これまでは,管理職の対人的な働きかけ=リーダーシップの観点から考察してきた。今回は,もっと視野を広げて,組織に存在する規範の特性と,所属するメンバーたちの動機づけとの関係について考えてみよう。

 yamaguchi_7-1.jpg組織では,その目標達成に向けて,メンバー各自が,自分の役割を果たしつつ,助け合ったり,叱咤激励しあったりして,相互作用を深めていく。そうした過程を経ることで、メンバーどうしは一定の考え方や行動の取り方を共有するようになっていく。その共有された考え方や価値観、仕事観、行動パターンなどが規範と呼ばれるものである。就業規則や職階制度などは、明文化されていて、「目に見える決まり」であるのに対して、規範はメンバーの相互作用によって次第に組織に生まれてきたものであり、明文化されていない「外から見えない(見えにくい)決まり」である。組織規範をイメージで描くとすれば、左図のように表わすことができるだろう。

 外からは目に見えない(見えにくい)とはいえ、規範がメンバーに与える影響力は強い。「こんなときは、このように対処すると良い」とか、逆に「こんなときは、こんな言動をとってはいけない」など、組織内で適切とされる考え方や行動を規定する「暗黙の掟」のような機能を果たすのが規範だからである。そして、その共有度が高まり、メンバーの心理に深く定着してしまうと、それはいちいち意識されることのない「思い込み・信じ込み」となり「組織の常識」となっていく。こうなると、組織がまるでひとつの個性を有しているかのようにとらえることもできそうになる。社風やチームカラーなど、我々が感じ取る組織の個性を表現する言葉も多々ある。

 その組織に特有の規範がどんなものなのか知りたければ、視点を定めて観察することが最良の方法である。たとえば,会議の開始時刻の集まり方(5分前には着席している or 開始ぎりぎりに着席する or 少しくらい遅れても責められない)や、退勤後に一緒にお酒を酌み交わす機会の多さ、会話の中で冗談が行き交う程度など、観察の視点として面白いものはたくさん考えられる。ただ、先に指摘したように規範は「外からは見えにくい」ものであるときが多い。会議の出席に関して、どのタイミングで会議室に到着して着席するのが良いのかについても、メンバーが共有している判断の標準は心理的な特性であって、行動を観察しているだけでは十分に把握することが難しいことも多い。

 そこで、よく利用されるのがリターン・ポテンシャル・モデル(Jackson, 1960)による測定である。たとえば、会議に着席するタイミングを、開始時刻の20分前、15分前、10分前、5分前、指定時刻丁度、5分後、10分後と設定しておき、それぞれの着席時刻について、是認する程度の強さから否認する程度の強さまでを7段階の評定で回答してもらう。その結果を集計してグラフ化すると、下図のようなリターン・ポテンシャル曲線を描くものに仕上がる。組織内で最も是認されている行動や考え方は、最大リターン点として把握することができるし、許容範囲の程度も知ることができる。

yamaguch_7-2.jpg 規範は、組織における多数派意見の性格を持つ。多数派意見が少数派の言動に強烈な同調圧力をかけることは、このコラムの第3回でも紹介したとおりである。メンバーの仕事への動機づけの源泉としても、組織規範の存在感は看過できないものである。仕事への動機づけを高める性質を持った規範が成立しているか否かは、リターン・ポテンシャル・モデルを利用した測定で把握できる。とすれば、その規範が必ずしも動機づけを促進する性質のものではないときには、それを改善していくことが大切になる。

 組織が将来的な発展へと成長を続けるためには、適切で創造的な組織変革による規範の改善は不可欠な取り組みである。よく「意識を変える」ことが唱えられるとき、変革のターゲットは組織規範の変革であることが少なくない。では、具体的にはどうすればよいのだろうか。悩みどころ満載のこの問題については、また回を改めて論じることにしたい。

※先生のご所属は執筆当時のものです。

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