第67回 信頼性の高い行動観察を行うために(1)-「攻撃行動」の背後で働いている心理①-

2016.02.18 山口 裕幸 先生

 信頼性の高い行動観察を実践していくためには、行動を正確に観察することに加えて、その背後で働いている心理についてもできるだけ正しく推測できることが必要になる。前回は、人助けをしている人の心理過程には、多様で、時に相反する思いが入り交じっている場合さえあることについて述べた。この他にも、表面的に観察できる行動の背後では、複雑な心理が働いていることが多い。

 今回は、人助けとは反対の他者への攻撃行動を取り上げて、その行動の背後で働いている心理過程について理解を深めていきたい。観察された行動の発生原因となっている心理を正しく推測できることは、適切な問題解決の方策を考える基盤となる。例えば、学級内でいじめが発生している場合、その原因はどこにあるのだろうか?あるいは、人種や民族間、宗教間、国家間等の紛争は、なぜ、終わることなく繰り返されてしまうのだろうか?

 人が他者を攻撃する理由を論じる時、古くから主役を務めてきたのが「本能論」である。すなわち、人間にはもともと他者を攻撃しようとする欲求(=本能)が基本的に備わっているという考え方である。精神分析学者のフロイトに言わせれば、いくら理性ではいけないこととわかっていても、衝動的に他者を攻撃したくなってしまうのだからどうしようもない、ということらしい。また比較行動学者のローレンツは、肉食動物にとって攻撃本能が備わっていなければ捕食は不可能で生命を維持できないし、また捕食される側にしても、やすやすと捕食されないように反撃する必要があって、そこでも攻撃本能が備わっている必要があると指摘している。いわば、動物には必要悪として攻撃本能が備わっており、人間も例外ではないというわけである。

 そこで問題になるのは、攻撃欲求の制御の仕方ということになるのだろう。残虐な殺人や戦争が頻々として発生する人間社会を見て、ローレンツは、攻撃性に関しては、人間は最も進化の遅れた動物であると指摘している。確かに、ライオンやチンパンジーのオス同士が、縄張りを争ったり、異性の取り合いで争ったりするが、決着がつくと負けた方は潔く(すごすごと)引き下がるし、勝った方も必要以上に相手を傷つけようとはしない。衝動に任せて、相手が死んでしまうまで殴りつけたり、自分の気が済むまで攻撃の手をゆるめないのは人間だけなのかもしれない。

 とはいえ、攻撃欲求は始終絶えず強い状態であるわけではなく、平常は低く落ち着いていなければ、我々の安定した平穏な生活は成り立たないだろう。なぜ攻撃行動が発生するのかを考えるときは、なんらかの体験が攻撃欲求を刺激して、攻撃の動機づけを強化してしまうプロセスが存在することに注目してみる必要がある。

 そこで提唱されるようになったのが「情動発散説」である。我々は生活を送る中で、自分の思うようにいかない事態に直面するたびに欲求不満を経験する。この欲求不満が高まると、怒りやイライラの情動につながるが、これらを放置していると気分が悪いので、なんとか発散して解消し、落ち着いた平穏な状態を取り戻そうとする。そのとき、最も手っ取り早く使えるのが攻撃行動なのだと指摘するのが「情動発散説」である。

 確かに、怒り心頭に達した人が、近くにあるものを投げつけたり、蹴っ飛ばしたりしている光景をテレビなどで時々見かけることがある。ゲームセンターでモグラたたきをやったり、パンチングボールを思いっきり殴ったりするのも、一種の情動発散であろう。情動発散説に基づけば、攻撃行動の背後では、その人にとって欲求不満に感じる出来事を経験していて、そのイライラを発散する方略として攻撃行動を選択しているということになる。

 学校や職場で見られるいじめ行動は、この観点からよく説明できるように思う。小学生の高学年や中学生になると、受験や部活動での競争からくる不安、さらには異性からの評価や外見を気にする心理が芽生えるなどして、幼かった頃には感じなくてすんだイライラを次第に強く感じることが多くなる。しかも、この成長段階では、欲求不満が攻撃行動につながらないようにコントロールする心の制御力は、まだ十分に養われていない。強くて慣れないイライラと制御力の未熟な心が重なる時期であるために、情動発散の手段として安易に他者を攻撃する行動が起こりやすくなってしまうと考えられる。同級生に対するいじめだけでなく、親や教師に対しても攻撃的になることが多いのも、そうした心理メカニズムが働いていることによると考えられる。

 職場でのいじめは、大人どうしの間で発生するが、制御力は成熟して強いものになっていても、仕事の場合にはそれを超越する強いストレスが生まれがちで、怒りやイライラの情動につながっていることが考えられる。学校や職場でのいじめ問題は、日本だけのものではなく、広く世界中で見られており、人間の根源的問題のひとつであるといえるだろう。

 さて、攻撃行動の背後で働いている心理は、以上の通りだと言おうものなら、「え?っ、それだけ?」と疑問に感じる人が多いだろう。その疑問の通りで、人間の攻撃行動の中には、もっと異なるプロセスを経て発生するものも多い。次回は、攻撃行動発生のもうひとつのプロセスについて説明していくことにしよう。

※先生のご所属は執筆当時のものです。

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