第181回 "意外な"人間心理や行動を明らかにした社会心理学の研究結果(2)〜 皆で情報交換したのにそれが活かされない!『隠されたプロフィール』現象 〜
2026.1.9 山口 裕幸(京都橘大学 教授)
「三人寄れば文殊の知恵」ということわざがあるように、古来より人間は、1人で考えているよりも、集団で話し合えば、より適切な結論に到達できるだろうと素朴に期待してきた。そこで含意されている期待には、①創造的なアイデアの創出や②的確な判断、③民意の反映と併せて、④メンバー間の情報共有が含まれる。職場の会議の場合、④の情報の共有を期待し、目的として開かれることも多いだろう。
メンバー各自がもともと持っている情報を、会議の場で交換しあえば、自分の持っていなかった情報を他のメンバーから得ることができるので、情報の共有が実現されることは、それほどハードルの高い期待とは思えない。しかしながら、意外にも共有されたはずの情報が、その後の集団の決定には活かされにくい場合があることを、スタッサーとタイタス(Stasser & Titus, 1985,1987)は、実験で鮮やかに実証して見せた。
彼らの実験手続きはかなり複雑で難解な部分も多く、取り扱っている集団のサイズもさまざまあるが、ここでは理解を容易にするため、7人の実験参加者が話し合いを行う条件を例に、その手続きを説明する。
スタッサーたちは、実験室に集まった参加者たちに、これから学生自治会のリーダーを選出する話し合いを行ってもらう旨、教示した。リーダー候補者はX氏とY氏の2人であり、各候補者の長所が記載されたメモが、各参加者に1枚ずつ配付された。リーダー選出の手順は、配られたメモに書かれた内容に基づきながら、まず7人で話し合って意見交換した後、投票によって決するというものであった。2人の候補者それぞれの長所が記載されたメモには、X氏の長所が1項目とY氏の長所3項目が記されていた。
ただし、X氏の長所は、各メモで異なるものが書かれていて、7人分を合わせると、X氏の長所は全部で7項目あった。他方、Y氏の長所は、7枚のメモのどれにも同じ3項目が記載されていて、7人分の情報を合わせてもY氏の長所は3項目にとどまるように設定されていた。具体的には表1を参照して欲しい。この情報配分こそが、スタッサーらの研究の核心である。
メモを見た参加者たちは、話し合い【前】の時点では、長所は[X氏1項目]対[Y氏3項目]だと認識する。ただし、話し合いをして情報を交換することで、他者が保持していた情報を自分の知識に取り入れることができる。そんな情報共有が進めば、話し合い【後】には、実のところ、長所は[X氏7項目]対[Y氏3項目]だと参加者たちは気づくだろうと論理的には期待される。そうであれば、X氏に投票する人が多くなり、リーダーにはX氏が選ばれる可能性が高いはずである。
ところが実験結果は、予想とは逆であった。意外にもY氏に投票する人が多く、Y氏をリーダーに選出するグループの方が多数を占めたのである。この結果は、その後の追試においてもほぼ一貫して支持されている。理屈で考えたときの人間の判断や行動とは異なる、まさに「意外な」結果だといえるだろう。
なぜこうした意外な結果が得られたのだろうか。1つの理由として、話し合いによって情報交換が行われたにもかかわらず、最終的な投票の場面では、それらの情報が十分に意思決定に反映されなかったことが考えられる。言い換えれば、人は話し合いの中で得た新しい知識よりも、話し合い以前から自分が保持していた知識に強く影響され(引きずられ)、判断を下してしまったのである。
個人が何らかの判断を迫られたとき、以前から保持してきた知識を基準として意思決定を行ってしまう現象は、「係留と調整のヒューリスティック」と呼ばれる。ヒューリスティックは、複雑な問題を迅速に処理・解決したり、意思決定をしたりするための「思考の近道」とも呼べる認知メカニズムである。必ずしも最適な答えを導き出すとは限らないものの、効率性を優先し、認知的なエネルギーを節約する上で重要な役割を果たしている。
今回紹介した「隠されたプロフィール」現象という、一見すると意外に感じられる集団行動の背景には、この「係留と調整のヒューリスティック」が深く関与していると考えられる。スタッサーらの研究は、集団における情報共有が想像以上に難しいことを示しただけでなく、集団意思決定の過程において個人の認知的ヒューリスティックが及ぼす影響に光を当てた先駆的な研究であった。
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