第114回 急な組織コミュニケーションの変容で働く意識はどう変わるか

2020.05.25 山口 裕幸 先生

 新型コロナウィルスの感染拡大の影響を受けて、急遽、しかも一斉にテレワークによる在宅勤務やオンライン・ミーティングの必要性に迫られた職場も多いことだろう。実際にオンライン・コミュニケーションに依存する勤務形態への変更を経験している皆さんは、かつての職務遂行のためのコミュニケーションや職場の人間関係のコミュニケーションと、どのような変化があると感じておられるだろうか。違和感やもの足りなさ、孤独感等だけでなく、安心感や快適感もあるかもしれない。多様な側面で心理的な変化を感じている人は多いのではないだろうか。

 インターネットが普及し、EメールやWEBシステム、SNS、グループ・ウェア、オンライン・ミーティングと電子コミュニケーション・ツールの発展はめざましい。自宅にいながら、自分のパソコンを使って、複数の職場の仲間と互いの顔を確認しながらバーチャルな対面状況で対話し、議論することは、もう珍しい情景ではなくなってきた。

 ただ、こうした電子コミュニケーション・ツールは、自分たちの都合に応じて、好きなときに活用すれば良かったのが、新型コロナウィルスの感染拡大を境に、必要に迫られて急遽使用せざるを得ないものへと性格が変わった。組織心理学的な観点から捉えると、この変化は、働くことの意味づけや意義づけ、そして組織の一員としてのアイデンティティの認識にも変化をもたらし、組織における働き方を根底から変容させる可能性を秘めていることに気づかされる。

 かつては、毎日、職場に通勤し、上司や同僚達と対面しながらコミュニケーションを交わす機会の多い状況におかれていた。そこから、在宅で自分に割り当てられた仕事を遂行し、オンライン・ミーティング以外はほとんど職場の仲間との対話がないままに過ごす状況へと、急な変化に直面することになったわけである。この変化が始まった当初は、煩わしかった職場の人間関係から解放されたり、自分のペースで仕事をハンドリングできたりするメリットが注目されることもあった。その一方で、孤立感や隔離感あるいは分離感が生まれるという感想も聞かれたりした。

 この孤立感や隔離感については、十分に注意を払ってマネジメントしていく必要があるだろう。というのも、日本では自分は他者との支え合いによって生かされている存在であって、互いに依存し合い協調し合う存在であると考える「相互依存(協調)的自己観」に重心のある人が多いからである(本コラム第69回も参照していただきたい)。素朴な信念として、自分は人と人との繋がりの中で生かされているという観念を大切に持っている人は、在宅勤務が本格化することで、自分は隔離され孤立し、社会から切り離されているという感覚を抱き、精神的ストレスを強く感じてしまいやすくなる。オンラインの飲み会や茶話会、昼食会が企画されるのも、気軽に思いを伝え合いたい、繋がり合っていたいという素朴な欲求のなせる技であろう。

 もう一点、オンラインで仕事を行うことがもたらす心理学的な影響について考えておくべきこととして、所属する組織や職場の一員としてのアイデンティティの変容、そこから派生する組織コミットメントやチームワークの変化があげられる。筆者が行ってきた企業組織における専門職チームを対象とする研究を振り返ってみると、専門知識や技能を要する専門性の高い人たちからなる職場やチームでは、各人が自分の担当する仕事を完遂することのみを職責と捉える傾向が強く、互いの成し遂げた仕事が組み合わさって製品やサービスといった成果を生み出すことへの意識や関心は低い傾向が見られた(山口・縄田・池田・青島, 2019)。

 こうした傾向は、与えられた仕事を粛々とこなすことが自己の職責であると捉える一方、他のメンバーとの相互協力や相互支援、職務遂行手順の調整等の意義を軽く考えてしまう、いわば、視野の狭まりを意味している。ただし、基本に立ち返れば、各自が行っている仕事が単独で成果になっていることは希で、それぞれの仕事が組み合わさって、ひとつの大きな成果につながっていることの方が圧倒的に多いのは自明である。

 医療や看護、教育や各種行政、業務企画や労務管理等、日頃の仕事では、目に見えるチームとしての成果は何かと問われると、即座には答えにくい職務も少なからず存在する。しかし、組織は何らかの達成すべき目標があって作られており、その目標は一人では達成できないので、できるだけ効率的に目標を達成できるように分業体制を取り入れている。

 組織の一員であるということは、組織の目標達成のために協力し合う存在であることを意味する。その自覚が薄れることは、自己の職務の持つ意義や価値を見失ってしまうことにつながりかねない。テレワークであれ、在宅勤務であれ、所属する組織の一員であるという形式的なアイデンティティは誰もが無自覚のうちに得ているものだろう。しかし、そこでとどまってしまうことは、チームとして機能する組織を作り上げることを考えるときにはもの足りないものとなる。また、働く一人ひとりの自己評価や自己認識も物足りないものになってしまう。

 自己の存在の意義や価値の認識を伴うアイデンティティを獲得することは、職務を完遂し新しいことや創造的なことに挑戦しようとするモチベーションにつながり、さらには組織や職場に質の高いチームワークを作り出していくことにつながっていくことが期待される。新型コロナウィルスの感染拡大の影響で、今は離れて仕事をしなければならない状況におかれていることは我々が適応すべき職務環境の変化である。ただし、オンラインでつながれば大丈夫という段階で安心していては、同じ職場で働く人々の心は離ればなれになってしまいかねない。メンバーが互いに繋がりを実感し、所属する組織や職場の目標達成は、自己の職務遂行とどのような繋がりがあり、自己の存在がいかなる意義を持つのか認識できるようにするには、オンラインでつながる状況の中で、いかなる工夫が必要になるのだろうか。新型コロナウィルスの感染拡大は、潜在的であった問題を、喫緊の重要検討課題として浮上させている。

【引用文献】
山口裕幸・縄田健悟・池田浩・青島未佳 (2019). 組織におけるチーム・ダイアログ活性化活動が成員のプロアクティビティ育成にもたらす効果. 日本グループ・ダイナミックス学会第63回大会(富山大学)発表論文集

※先生のご所属は執筆当時のものです。

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