第183回 “意外な”人間心理や行動を明らかにした社会心理学の研究結果(4) 〜 話し合いは必ずしも「文殊の知恵」を生まない 〜

2026.3.4 山口 裕幸(京都橘大学 教授)

優秀な人格者がすべてを決めてくれれば、世の中はうまく回るのか

 職場では、会議や打ち合わせなど、ミーティングに多くの時間と手間がかかる。立て続けに会議へ出席しなければならず、思わずため息をついた経験のある人も多いだろう。そんなとき筆者は、「いちいち寄り集まって話し合うよりも、優れた判断力をもつ人がトップに立って取り仕切り、すべてを的確に決めてくれたらどんなに楽だろうか」と、しばしば思ったものである。

 しかし、いざとなると、そうした独裁的な決定に自分の職場の意思決定を委ねることには一抹の不安を覚える。最終的にどのような決定がなされるにせよ、自分もその話し合いに参加できるほうが、公平な手続きのように思えてしまう。

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 かくして、職場はもちろん、市民生活全般にわたって多種多様な話し合いの場が設けられることになる。問題は、それらの話し合いが期待されているように公平なものになっているのか、そしてその決定は民意を反映した適切なものなのか、という点である。われわれは暗黙のうちに、話し合えばさまざまな意見が出され、それらが歩み寄り、皆が折り合えるところで合意に至ることを期待している。さらに、そのようにして導かれた決定は、皆が納得する結果につながるだろうとも期待している。

 しかし残念ながら、集団意思決定に関する社会心理学研究の多くは、こうした期待に肩透かしを食らわせるような結果を示している。


考えの似た者が集まると、極端な方向へと結論を導く「心理的な渦」が生まれやすい

 異なる意見をもつメンバーが集まって話し合う場合、なかなか意見がまとまらず、結論を出すのに苦労することがある。しかし、そのような多様なメンバーによる話し合いのほうが、落としどころを模索した妥当な結論につながる可能性は高い。

 むしろ、類似した意見や価値観をもつメンバー同士が話し合うと、互いの意見に賛同し支持し合うことで、より偏った方向へと結論が押し流されやすい。異なる意見によって流れを食い止める存在がいないため、話し合いを経ることで、もともと各自が抱いていた意見よりも、さらに極端な立場で合意してしまうのである。

 このように、類似意見が支持し合って生じる現象は、リスキー・シフトやコーシャス・シフトと呼ばれる集団極化現象として知られている。また、社会的権威や権力の強い集団(政府中枢や企業の取締役会など)が似通った考えのメンバーで構成されると、愚かともいえる誤った決定を下してしまうことがあり、これをグループシンク(集団浅慮)と呼ぶ。

 異なる意見や価値観をもつメンバーと議論することはストレスを伴うが、多様な意見がぶつかり合うほうが、公平で妥当な結論を導く可能性は高い。その点を改めて確認しておきたい。欧米では、議論を始める前に、多数派や主流派とは異なる立場から意見を提示する役割として「悪魔の代弁者(Devil's Advocate)」をあらかじめ決めておくことがある。

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 多数派や主流派が生み出す「心理的な渦」は非常に強力である。たとえ異なる意見をもつメンバーがいても、ひとたび渦が生まれれば、その圧力に押されて同調してしまうこともあるだろう。冷静さを保つためにも、「悪魔の代弁者」のような仕組みを取り入れる工夫は有効である。




話し合えば創造的アイデアが生まれる、という期待は過剰かもしれない

 ブレインストーミングは極めてポピュラーな技法であり、現在でも多くの職場で行われている。「ブレスト」と略して呼ばれることも多い。この技法に期待されているのは、メンバーが思いついたことを次々に提示することで、従来は思い至らなかったアイデアに気づくことであり、すなわち創造的アイデアの生成である。1950年代にオズボーンによって提唱された技法が現在も広く用いられていること自体、その有効性を示しているようにも見える。

 しかし、集団意思決定に関する実験研究の結果に寄れば、創造的アイデアの生成という点では、必ずしもブレインストーミングの有効性は支持されていない(例えば、亀田, 1997)。ブレストの場では、他者の発言に注意を向けたり、自分の発言に対する評価を気にしたりといった心理的コストがかかる。そのため、個人で考える場合と比べて、ひとり当たりのアイデア生成数は少なくなる傾向がある。

 まず各自が個別に考え、その後にアイデアを持ち寄る、あるいはカードに書いて共有するなどの工夫をすれば、全体としてはより多くのアイデアが出やすくなる。しかし「ひとり当たり」で見れば、話し合いそのものが創造的発想を促進するとはいいがたい。いわゆる「三人寄れば文殊の知恵」という期待は論理的にはもっともらしいが、実際には実現しにくいものなのである。

 全体として多くのアイデアが出たり、達成感が得られたりするため、話し合いは創造的発想を生むという期待が長年受け継がれてきた。しかし、それはある種の素朴な信念に近いともいえる。拡散的思考は創造性の基盤であり、他者の異なる視点が刺激となる可能性は確かにある。とはいえ、話し合いさえすれば創造的成果が得られるという期待は過剰であることを、社会心理学研究は示しているのである。


【引用文献】
亀田達也(1997). 『合議の知を求めて―グループの意思決定』 共立出版. 日本認知科学会(編), 認知科学モノグラフ3

※先生のご所属は執筆当時のものです。

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