第184回 日々変動する社会環境のもとで組織を健全に導くリーダーシップとは

2026.3.31 山口 裕幸(京都橘大学 教授)

不安定に変動し続ける経営環境の困難さを嘆いていても仕方ない

 VUCAの時代と言われる。いや、今やBANIの時代だと指摘する学者もいる(ジャメイ・カシオ; Jameis Cascio, 2020, 2025)。VUCAが変動性・不確実性・複雑性・曖昧性を意味する4つの単語の頭文字を組み合わせた表現であるのに対して、BANIとはBrittle(もろさ)、Anxious(不安)、Non-linear(非線形)、Incomprehensible(不可解)の4つの単語の頭文字を組み合わせた表現である。異常気象や新たな感染症の流行、戦争の勃発など、まったく予測不可能で混迷を極める経営環境を形容する言葉と言えるだろう。

不安定に変動し続ける経営環境のイメージ画像  しかしながら、環境の不安定な変動を見据えた経営の重要性の指摘は、今に始まったことではない。著書『不確実性の時代』(ガルブレイス、1978)が大きな注目を集めたことを始め、1990年代のグローバリゼーションの進展や、2000年代以降のプロアクティブ行動への関心の高まりを見ても、すでに半世紀以上にわたって、経営環境は変化するものであるという認識は広く共有されてきたと言えるだろう。とはいえ、それでも3年先、5年先を見据えることが前提とされていたのであり、短期間に激しく変動する現下の状況は想定外であったと言える。

 我々が肝に銘じるべきことは、「明日は今日の延長線上にあるとは限らない」という点である。強い不安を伴うものの、今日とはまったく異なる事態が明日には待ち受けている可能性を心の片隅に置きながら生きていくことが求められる時代になっている。この1年を振り返っても、「まさか、そんなことが起こるとは」と思う出来事が世界各地で発生してきた。「このようなカオス的な環境で重要な意思決定を行えと言われても」と困惑する気持ちは理解できる。しかし、嘆いていても事態が好転するわけではない。

先の読めない環境で必要とされるリーダーシップ行動とは

 リーダーシップに関する研究は連綿と続いてきた。時代の変化とともに期待されるリーダー像も変化するため、「今、求められるリーダー」という視点から、新たな研究の潮流がいくつも生まれてきた。これらを踏まえ、BANIとも称される予測不能で混迷を極める経営環境において、リーダーはどのように振る舞うことが求められるのか、そのヒントを探りたい。

 まず明確に言えるのは、組織やチームの目標達成を志向する姿勢を揺るがせにしない厳格さと、その達成が部下やメンバーの尽力によって実現されることへの敬意を示し、人間的配慮を欠かさない思いやりを両立させることの重要性である。

 この二つの態度を同時に示すことは容易ではないため、状況に応じて適切に行動として表出させることが求められる。このような状況特性に着目したのがコンティンジェンシー・アプローチである。さまざまな理論が提唱されているが、筆者なりに整理すると、組織やチームの活動初期においては、メンバーはどのように行動すべきか判断に迷うことが多いため、明確な教示や指導を行うスタンスが重要となる。一方、メンバーが業務に習熟し、適切な自己判断が可能になってきた段階では、見守りや相談支援を中心とし、過度な指示や命令を控え、メンバーの自律性を尊重する関わりが効果的であるとされる。

 予測不能で混迷を極める経営環境においては、誰もが判断に迷う状況に置かれていると考えられる。そのため、メンバーは安心して行動するために、リーダーに対して明確な指示を求める傾向が強まる。しかし、環境が比較的安定していた時代には可能であった事前の学習やシミュレーションによる備えが、VUCAやBANIといったカオス的状況では十分に機能しない。したがって、有能なリーダーであっても、常に最適な対応策を導き出し続けることは容易ではないと認識しておく必要がある。

組織でリーダーシップをとっているイメージ画像  このような環境下で、組織やチームとして、より適切な判断と行動を選択していくためには、リーダー一人で抱え込むのではなく、メンバー全員との対話を通じて多様な観点からの意見を収集し、リーダー自身の考えも共有しながら意思決定を行うことが、最も合理的なアプローチであると考えられる。

 日本企業の多くでは、上司と部下の垣根を越えた対話の機会は減少傾向にある。職種や業務内容によっては、トップダウン型の指示・命令が有効な場合や、緊急時に迅速な意思決定が求められる場面も存在する。しかし、いかなる場面でも指示・命令に依存したリーダーシップに固執すれば、未経験の事態への対応はリーダー個人の資質に過度に依存することになる。それでは適切な判断が下せるかは不確実であり、責任も過度に集中してしまう。

 メンバー一人ひとりが組織やチームの目標達成に向けて主体的に発言し、意見交換を重ねる中で、リーダーがそれらを統合し合意形成へ導くことができれば、組織の結束力は高まり、目標達成の可能性も高まるだろう。管理職やリーダーの立場にある者は、自身の考えを押し通すのではなく、部下やメンバーとの対話を重視し、多様な意見を活かして意思決定を行う工夫が求められる。それこそが、現下の予測不能で混迷を極める経営環境において、持続可能性の高いマネジメントの実現につながるのである。


【引用文献】
Cascio, J. (2020). Facing the Age of Chaos. https://medium.com/@cascio/facing-the-age-of-chaos-b00687b1f51d
Cascio, J., Johansen, B., & Williams, A. F. (2025). Navigating the Age of Chaos: A Sense-Making Guide to a BANI World That Doesn't Make Sense. Berrett-Koehler Publishers.
Galbraith, J. K. (1977). The Age of Uncertainty, Houghton Mifflin Company; Boston. 『不確実性の時代』(都留重人[監訳], TBSブリタニカ, 1978年)

<謝辞>
 2009年7月の第1回以来、15年余りにわたってコラムを書かせていただいてきたが、今回をもって区切りとさせていただくことにした。いつまでも老兵が現役面するのは、若い研究者の台頭を妨げるのではないかと思い、わがままを許していただいた。
 社会心理学者にとって行動観察との関係で取り上げるべき事象は数多く、筆者自身、たくさんの学びを得ながらの執筆であった。このような得がたい執筆の機会を与えていただいた株式会社オージス総研の皆様をはじめとして、大阪ガス株式会社の皆様、そして最初に執筆のお声がけをいただいた当時の大阪ガス行動観察研究所 所長 松波 晴人 氏(現 大阪大学フォーサイト株式会社 代表取締役)に深く感謝申し上げる。

※先生のご所属は執筆当時のものです。

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