第92回 懲りたはずなのに、なぜバブル経済現象は繰り返し起こるのか-社会心理学的視点で素朴な疑問に向き合う③-

2018.03.27 山口 裕幸 先生

 1980年代後半のバブル経済が90年代に入って崩壊した流れは、日本社会に大きな禍根と教訓を残したと言えるだろう。しかし、その後も1999年~2000年の頃には、情報産業を中心とするITバブルと呼ばれる現象が我が国でも起こっている。さらには、2003~2006年の頃のアメリカで、返済する能力が不確かな人々にも安易に資金の貸し付けを行ったサブプライムローンに象徴されるような住宅バブルが起こり、リーマンショックという形で全世界の景気悪化を招く事態も起こっている。

 2004年~2008年の頃には、原油が異常に高騰して、ガソリンが1リットルあたり200円前後に上昇した時期もあったが、これも原油を対象とする投機が生み出す世界的なバブル経済の影響を受けた現象であった。また、数ヶ月前に巷を賑わしていた仮想通貨の不正流出事件の報道に接していると、多くの人々が仮想通貨に関心を持ち、購入していたようである。ここ数年にわたって仮想通貨が巻き起こしている現象もバブル経済現象のひとつに数えられることがある。

 バブル経済が起こるメカニズムについては優れた研究が行われ、明確にされてきている。また、それを防ぐ手立てについても多様に議論されている。実体経済とかけ離れた状態を意味するバブル経済は確実に崩壊し、深刻な景気悪化をもたらすことになる。したがって、ほとんどの人が「もう懲りた」という思いを抱くはずなのである。しかし、先に例示したように、現実には規模の大小はあっても、世界のどこかで繰り返し発生していることがわかる。なぜ社会全体としては、バブル経済の失敗に懲りないのだろうか。

 社会心理学の視点から考えたとき、重要な鍵のひとつを担う要素としてリスク・テイキングの心理があげられる。リスクがあることを承知の上で、挑戦を選択する行動は、社会変革やイノベーションを生み出すうえで是非とも必要なものである。ただ、リスクを無視した無謀な挑戦は意味がない。挑戦を選択したときに伴うリスクをしっかりと把握して、適切な対処をあらかじめしておくリスク・マネジメントも併せて重要になる。

 リスク・テイキングに関する実証科学的研究は、危険を冒しがちな個人特性に焦点を当てた研究が多数行われている。ただし、状況特性がリスク・テイキングを促進することもあるので注目してみたい。筆者は、ある企業における研修で、次のような会社経営シミュレーション・ゲームの様子を観察し、結果を分析して、誰もがリスク・テイキングに誘惑される状況特性を検討したことがある。

 そのシミュレーション・ゲームでは、4人がチームを組んで、①生産、②経理、③マーケティング、④営業(拡販)の4つの役割のどれかをそれぞれが担った。そして、3種類ある商品(X、Y、Z)の各生産量、銀行からの借り入れ資金額、商品開発のための市場調査にかける費用、拡販に投入する費用を1時間のうちに話し合って決定することでひとつの試行が終了した。研修では、8つのチームが2日間にわたり14回の試行を繰り返し行っていった。

 商品が売れると利益がフィードバックされるが、生産した量よりも売れなければ在庫を抱えることになる。商品を生産するには適切な融資を銀行から受ける(借り入れる)必要がある。市場動向を見誤って計画を立てたり、資金が足りなかったりすると、せっかく商品の売れ行きが好調でも、生産量を増やすことができず、品切れが起こり、事業拡張の好機を逃すことにつながる。好機を逃さないように市場動向を的確に知るには情報収集にも適切に資金を投入する必要がある。さらには、3種類ある商品の中でも、拡販に費用をどの商品に注ぐか適切な判断が求められた。

 このシミュレーション・ゲームでは、商品Xが最初は販売量が大きい主力商品であるが、試行を繰り返していく中で、最初はほとんど売れていなかった商品Zが売れ行きを伸ばしてくるようにあらかじめ設定されていた。また、ひとつの試行が終了すると様々な情報がフィードバックされるが、その中で最も重視されるのが会社の利益であり、この利益についても、あらかじめ好調に上昇する期間と、予期しない損失が生じて不調に陥る期間とがあらかじめ設定されていた。


 この研修で行われた各チームの意思決定の結果と成績を分析した結果、どのチームでも自分の選択した行動が良好な結果をもたらし続けているときほど、資金を多く借り入れて生産量を増やし、入手する市場動向の情報の種類も増やし、拡販に投入する資金額を増やしていた。しかし、会社の業績低下が明確になると一転して、慎重で消極的な意思決定に終始するようになった。大切なポイントは、好調な業績が続く、いわゆる右肩上がりのときには、リスク・テイキングは促進されるが、業績の低下が明瞭に認識されたとたんに一気に抑制されることである。

 日本の場合、個人の収入は頭打ちで消費も伸び悩んでいるとはいえ、最近では、2020年の東京オリンピック開催を控えて建設業界、不動産業界が好調に業績を伸ばして景気を牽引し、長い不況の時期は過ぎ去り、好景気へと転じたことを明確に認識できるようになっている。そのため、基本的にリスク・テイキングに必要な勇気は小さくてすむ状況になっているといえるだろう。誰でも裕福になりたいという欲求は潜在的に持っている。そして、現状を打破するにはリスクを恐れていてはいけないという思いも後押しをする可能性は高い。

 挑戦してみて良い結果が続くともちろんのこと、自分自身の結果は芳しくなくても周囲の人々が良い結果を続けていると、実態を超越した状態になっていることに気づきにくくなってしまう。その結果、さらに思い切ったリスク・テイキングを行う人々が出てきて、バブル経済へと突き進んでいくことになりがちである。

 大学生や大学院生など20代の若者たちの中には、バブル経済が華やかなりし頃の景気の良い話を先輩から聞いたりすると、ちょっとしたあこがれを持つ人も少なくないようだ。バブル経済現象も、わかっているのに、ついつい皆ではまってしまう心理的罠のひとつなのかもしれない。

※先生のご所属は執筆当時のものです。

関連記事一覧