第70回 UXを考える(6)

2016.05.26 山岡 俊樹 先生

 今回も今年6月に出版する「サービスデザイン」の本の中で紹介しているUXの蓄積について考えてみたい。ある刺激を受けてユーザ体験が蓄積してゆき、あるレベルを超えるとその刺激を理解できるという考え方である。交響曲や室内楽などのクラシック音楽を初めて聞くとよく分からないのが普通であろう。筆者は中学生時代からクラシック音楽を聞いてきたが、最初はよく分からなかった。しかし、何回も聞いていくと不思議にその良さが分かってくるのである。ここ10年、沖縄民謡に関心があり、いろいろ聞いているが、最近、長老の登川誠仁のCDを購入して聞いた。沖縄の方言の為か最初はよく分からなかったが、ある時、急にその良さに感動したことがあった。もやもやした気分が急にはっきりした気分となったようであった。難しい数学の問題を解いたときの気分の様でもあった。

 図1に示すが、初心者と上級者では同じ刺激を受けても、知覚するUXの量は異なるだろうし、またその体験量を知覚する閾値も異なると考えられる。ここでいうUX閾値とはUXに対する感度で、この閾値を超えるとUXが分かる。上級者の方が、UXの感度が高いのである。

 この考え方は目利き力とも通じるところがある。美術工芸品などに対する目利き力や商品開発に対する目利き力である。目利き力には、①体験、②知識、③フレームワークが必要と考えている。例えば、絵画に関して言えば、何回も鑑賞し(体験)、それに関する幅広い知識および自分なりのフレームワークという、もの(絵画)の見方(骨組み)が必要である(図2)。

 以上のように考えると感度の高いUXの分かる人材、目利き力のある人材は、モチベーションさえあれば、誰でも到達できる能力であると言えるだろう。

 20世紀のモノつくりでは、何をではなく、どう作るのかがポイントの為、効率が一番求められた。一方、21世紀では何を作るのかが求められるので、目利き力が重要である。阪急、東宝、宝塚歌劇、ビジネスホテルなどを作った小林一三は、顧客の為という目利き力から現在通用している様々なビジネスモデルを作った経営者である。巷でよく言われているユーザとの協創とかワークショップなどの共同でアイディアを出す場合、グループ内に突出した人材がいないと鋭いアイディアは出ない。しかし、初級レベルのアウトプットを求めるならば良いだろう。だから学生のアイディア創出レベルには適している。しかし、もう少しレベルの高いアウトプットを求めるならば、共同で行う方法よりは、目利き力のある人材を教育し活用すべきであろう。これは長年現場で様々な発想をしてきた者としての結論である。

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