第74回 チェックリストの活用法(5)
2022.11.25 山岡 俊樹 先生
C.M.Christensenの「ジョブ理論」((株)ハーパーコリンズ・ジャパン, 2017)で日常を観察する上で必要な5つのポイントが紹介されている。この観察方法を紹介する前に、ジョブ理論について簡単に説明する。ジョブ(Job)とは「特定の状況で人あるいは人の集まりが追及する進歩(progress)である。」(p.62)としている。ジョブ(用事・仕事)を片付けることにより、生活の進歩が達成されるという考え方である。顧客は進歩するために、商品を雇用(購入ではなく、ジョブを達成させるため商品を雇用するという表現をする)する。ジョブは機能面だけでなく、社会的・感情的な面もある。企業が売るのは進歩であって、製品ではないという考え方である。
ジョブを探す方法として、以下の5項目が挙げられている(pp.123-137)。
①身近な生活の中----------ウォークマンの例
②無消費に眠る機会--------エアビーアンドビーの例
③間に合わせの対処策------INGダイレクト(貯蓄口座・定期貯金・ミューチュアルファンド)の例
④できれば避けたいこと----CVSミニッツ・クリニックによる迅速な対応(上級看護師が診察し疾患に対する薬を処方)の例
⑤意外な使われ方----------重曹の想定外の使われ方から新製品開発へ
以下に著者の考えを示す。5項目の例が紹介されているだけなので、アイディアを出す道筋やチェックリストの項目を考えてみた。
①身近な生活の中
ウォークマンの例が紹介されているが、どうやってジョブを見つけるのかは書かれていなかった。そこで、生活を見る視座として、HMIの5側面(身体的側面、頭脳的側面、時間的側面、環境的側面、運用的側面)や目的を明記する5W1H1F1E(who, when, where, what, why, function, expectation)の特に期待(expectation)の視点から観察しても良いと思う。生活全般に対し、これらの項目を使ってジョブを探していく。あるいは、ある製品に対して、再定義法(サービスデザイン発想法, pp.124-127)を活用して、全く新しい製品・システムを考案し、ジョブに結び付けることも可能である。
②無消費に眠る機会
無消費とは何も雇用していない状態をいい、商品を使っていない人々である。この場合、使用していない人々の心理まで踏み込みその理由を探ると新しいビジネスチャンスが生まれる。キンバリー・クラーク社が成人向け失禁用製品を販売していたが、恥ずかしさのため我慢している消費者が大勢いるのがわかった。そこで従来と全く異なる成人用おむつを作り大成功した。この件は徹底した消費者調査の重要性を示唆している。
③間に合わせの対処策
現在の解決策に満足せずに、何とかやりくりしている消費者に焦点を向けて観察することである。この場合、一つの見方として「痕跡」がある。例えば、私の自宅の書斎では、本が書棚に入りきらず、床の上に置かれてある。対策として、もっと大きな空間にする、他の場所を借りるや本のデジタル化などが考えられるが、予算や時間の制約により今のところ現状維持しか対応できない。
④できれば避けたいこと
避けたいジョブは「ネガティブジョブ」といい、このような状況を観察して新しいビジネスを作ることができる。病院で予約したにもかかわらず、前の患者を診る時間が延び1時間以上待たされ、清算のため待たされ、さらに薬局でも同様に待たされ、総計2時間以上かかる場合が多くある。このようなネガティブジョブを観察して解決案を構築する。このような現状不満の視点は従来でも検討されてきた視点である。
⑤意外な使われ方
当初想定していない製品の使われ方を観察することにより、新しい製品のアイディアが生まれる。本書では重曹の想定外の使われ方から新製品開発へ導いた例が紹介されている。例えば、私は100円ショップで売っている衣服掛用のフックを使って書類、その他製品に使っている。本来は書類用のフックが欲しいのだがないのでこのような使い方をしている。これは③間に合わせの対処策、でもある。
以上の項目の表現を変えてチェックリストとして整理してみた。
表1 5つの観察視点
※先生のご所属は執筆当時のものです。
関連サービス
関連記事一覧
- 第96回 ホリステックな考え方(6)
- 第95回 ホリステックな考え方(5)
- 第94回 ホリステックな考え方(4)
- 第93回 ホリステックな考え方(3)
- 第92回 ホリステックな考え方(2)
- 第91回 ホリステックな考え方
- 第90回 思考の硬直・停止(その11)思い込み(固定概念)
- 第89回 思考の硬直・停止(その10)思い込み(固定概念)
- 第88回 思考の硬直・停止(その9)思い込み(固定概念)
- 第87回 思考の硬直・停止(その8)思い込み(固定概念)
- 第86回 思考の硬直・停止(その7)思い込み(固定概念)
- 第85回 思考の硬直・停止(その6)思い込み(固定概念)
- 第84回 思考の硬直・停止(その5)
- 第83回 思考の硬直・停止(その4)
- 第82回 思考の硬直・停止(その3)
- 第81回 思考の硬直・停止(その2)
- 第80回 思考の硬直・停止
- 第79回 ボリューム感
- 第78回 構成の検討
- 第77回 アクセントの効用
- 第76回 活動理論の活用
- 第75回 観察におけるエティックとイーミックの考え方
- 第73回 チェックリストの活用法(4)
- 第72回 チェックリストの活用法(3)
- 第71回 チェックリストの活用法(2)
- 第70回 チェックリストの活用法(1)
- 第69回 温かいデザイン(45) サービスデザイン
- 第68回 温かいデザイン(44) サービスデザイン
- 第67回 温かいデザイン(43) サービスデザイン
- 第66回 温かいデザイン(42) サービスデザイン
- 第65回 温かいデザイン(41) サービスデザイン
- 第64回 温かいデザイン(40) サービスデザイン
- 第63回 温かいデザイン(39) サービスデザイン
- 第62回 温かいデザイン(38) サービスデザイン
- 第61回 温かいデザイン(37) サービスデザイン
- 第60回 温かいデザイン(36) サービスデザイン
- 第59回 温かいデザイン(35) サービスデザイン
- 第58回 温かいデザイン(34)サービスデザイン
- 第57回 温かいデザイン(33)サービスデザイン
- 第56回 温かいデザイン(32)サービスデザイン
- 第55回 温かいデザイン(31)
- 第54回 温かいデザイン(30)
- 第53回 温かいデザイン(29)
- 第52回 温かいデザイン(28)
- 第51回 温かいデザイン(27)
- 第50回 温かいデザイン(26)
- 第49回 温かいデザイン(25)
- 第48回 温かいデザイン(24)
- 第47回 温かいデザイン(23)
- 第46回 温かいデザイン(22)
- 第45回 温かいデザイン(21)
- 第44回 温かいデザイン(20)
- 第43回 温かいデザイン(19)
- 第42回 温かいデザイン(18)
- 第41回 温かいデザイン(17)
- 第40回 温かいデザイン(16)
- 第39回 温かいデザイン(15)
- 第38回 温かいデザイン(14)
- 第37回 温かいデザイン(13)
- 第36回 温かいデザイン(12)
- 第35回 温かいデザイン(11)
- 第34回 温かいデザイン(10)
- 第33回 温かいデザイン(9)
- 第32回 温かいデザイン(8)
- 第31回 温かいデザイン(7)
- 第30回 温かいデザイン(6)
- 第29回 温かいデザイン(5)
- 第28回 温かいデザイン(4)
- 第27回 温かいデザイン(3)
- 第26回 温かいデザイン(2)
- 第25回 温かいデザイン(1)
- 第24回 人間を把握する(6)
- 第23回 人間を把握する(5)
- 第22回 人間を把握する(4)
- 第21回 人間を把握する(3)
- 第20回 人間を把握する(2)
- 第19回 人間を把握する(1)
- 第18回 モノやシステムの本質を把握する(8)
- 第17回 モノやシステムの本質を把握する(7)
- 第16回 モノやシステムの本質を把握する(6)
- 第15回 モノやシステムの本質を把握する(5)
- 第14回 モノやシステムの本質を把握する(4)
- 第13回 モノやシステムの本質を把握する(3)
- 第12回 モノやシステムの本質を把握する(2)
- 第11回 モノやシステムの本質を把握する(1)
- 第10回 3つの思考方法
- 第9回 潮流を探る
- 第8回 システム・サービスのフレームワークの把握
- 第7回 構造の把握(2)
- 第6回 構造の把握(1)
- 第5回 システム的見方による発想
- 第4回 時間軸の視点
- 第3回 メンタルモデル(2)
- 第2回 メンタルモデル(1)
- 第1回 身体モデル
- 第70回 UXを考える(6)
- 第69回 UXを考える(5)
- 第68回 UXを考える(4)
- 第67回 UXを考える(3)
- 第66回 UXを考える(2)
- 第65回 UXを考える(1)
- 第64回 制約条件を考える(10)一を知り十を知る
- 第63回 制約条件を考える(9)
- 第62回 制約条件を考える(8)
- 第61回 制約条件を考える(7)
- 第60回 制約条件を考える(6)
第59回 制約条件を考える(5)
- 第58回 制約条件を考える(4)
- 第57回 制約条件を考える(3)
- 第56回 制約条件を考える(2)
- 第55回 制約条件を考える(1)
- 第54回 物語性について考える(9)
- 第53回 物語性について考える(8)
- 第52回 物語性について考える(7)
- 第51回 物語性について考える(6)
- 第50回 物語性について考える(5)
- 第49回 物語性について考える(4)
- 第48回 物語性について考える(3)
- 第47回 物語性について考える(2)
- 第46回 物語性について考える(1)
- 第45回 適合性について考える
- 第44回 制約条件について考える
- 第43回 サインについて考える
- 第42回 さまざまな配慮
- 第41回 表示を観察する(2)-効率の良い情報入手-
- 第40回 表示を観察する(1)
- 第39回 さりげない“もてなし”を観察する(4)
- 第38回 さりげない“もてなし”を観察する(3)
- 第37回 さりげない“もてなし”を観察する(2)
- 第36回 さりげない“もてなし”を観察する(1)
- 第35回 「結果-原因」の関係から人間の行動を観察する
- 第34回 「目的-手段」の関係から対象物を観察する
- 第33回 マクロとミクロの視点で観察する(2)
- 第32回 マクロとミクロの視点で観察する(1)
- 第31回 階層型要求事項抽出方法-REM(2)
- 第30回 階層型要求事項抽出方法-REM(1)
- 第29回 消費者のインサイトに仮想コンセプトを使って観察する (2)
- 第28回 消費者のインサイトに仮想コンセプトを使って観察する(1)
- 第27回 サービスに仮想コンセプトを使って観察する
- 第26回 サービスを構造的に観察する(3)
- 第25回 サービスを構造的に観察する(2)
- 第24回 サービスを構造的に観察する(1)
- 第23回 事前期待と事後評価の差分からサービスの評価を行う
- 第22回 サービスの設計項目から、サービスシステムの問題点を探る(3)
- 第21回 サービスの設計項目から、サービスシステムの問題点を探る(2)
- 第20回 サービスの設計項目から、サービスシステムの問題点を探る(1)
- 第19回 70デザイン項目を活用してシステム、製品の使用実態や問題点を探る(7)
- 第18回 70デザイン項目を活用してシステム、製品の使用実態や問題点を探る(6)
- 第17回 70デザイン項目を活用してシステム、製品の使用実態や問題点を探る(5)
- 第16回 70デザイン項目を活用してシステム、製品の使用実態や問題点を探る(4)
- 第15回 70デザイン項目を活用してシステム、製品の使用実態や問題点を探る(3)
- 第14回 70デザイン項目を活用してシステム、製品の使用実態や問題点を探る(2)
- 第13回 70デザイン項目を活用してシステム、製品の使用実態や問題点を探る(1)
- 第12回 70デザイン項目とアブダクション
- 第11回 世の中の動向、ファッションを観察する(2)
- 第10回 世の中の動向、ファッションを観察する(1)
- 第9回 俯瞰してHMIを観察する
- 第8回 ユーザとそのインタラクションについて観察する
- 第7回 製品(システム)とそのインタフェース部について観察する(2)
- 第6回 製品(システム)とそのインタフェース部について観察する(1)
- 第5回 直接観察法について-自然の状況下での観察-
- 第4回 観察を支援する70デザイン項目について知る
- 第3回 人間について知る-多様なユーザの特徴を理解する-
- 第2回 人間-機械系について知る-HMIの5側面-
- 第1回 観察の方法