第72回 チェックリストの活用法(3)
2022.9.28 山岡 俊樹 先生
自宅の近くに2つの総合スーパーがあり、食品売り場は好調のようであるが、衣服売り場は精彩がない。そこは食品売り場と違い生活上差し迫った商品ではないため、「夢」「わくわく感が無い」と購入されないだろう。
そこで、上記の2つの総合スーパーに行ったとき、衣服売り場を簡単に観察した。わくわく感が無く、機能的に商品ジャンルごと商品が並べられていた。その特徴は以下の通り。
①わくわく感が無い(逆に言えば、情報提示力が弱い)
②機械的に商品ジャンルごとにレイアウトされている(商品ジャンル間の関係が不明)
③どうやって選択していいのか分からない(情報不足)
一方、同じフロアーにある書店では工夫を凝らし、哲学と宗教の本の売り上げトップ10を展示していた。一位は「般若心経」(佐々木閑、NHK出版)であった。哲学や宗教については関心がある方であるが、それらの本のコーナーでは目移りしてしまい、購入まで至らないことがよくある。しかし、このように展示されると、さすが一位になるだけのことがあり、分かりやすく、しかも詳しく書かれてあり、思わず購入してしまった。つまり、購入するための情報提供をしてくれているのである。
この書店のように顧客に本の持つ価値を従来と異なる方法で提示することにより、上記③の顧客に対して効果がありそうだ。何事も商品やシステムの本質を考えると何をすべきか明確になる。その本質に近づく方法の一つがマクロ的視点(思考)である。衣服売り場ならば、30年前のそこそこの機能性・デザインで価格が安ければいいという時代は終わり、顧客の価値を反映した場所にしなくてはならない。流行をあおり、毎年モデルチェンジをして、売り上げを伸ばすといったベクトルはSDGsの時代にはそぐわない。お気に入りの衣服を購入して、長く使うという潮流が我々の意識下で起こりつつあるだろう。しかし、その潜在意識は意識下にないので、顧客への刺激により覚醒してもらう必要がある。その覚醒させる手段がファッションデザインであり、ファッション売り場である。衣服が顧客の体形にフィットした、デザインが気に入ったではなく、この衣服売り場が顧客にどのような価値提案をするかがポイントである。体形へのフィット性やデザインは重要な価値であるが、それらを包含したマクロ的な価値を創造し示さなければいけない。顧客がこの衣服を着用することにより、このような世界が広がるという提案が必要である。更には、この売り場に行くことが目的化すれば成功であろう。現にホテル業界はそのような動きがみられる。
我々の思考の習いとして、ミクロ的視点が多く、要素の積み上げ式の発想が多い。要素の積み上げ式の方が考えることが容易だからである。例えば、自宅を新築する際、ここを和室にして、隣に台所にしたいなどと考えるが、そもそも本質として家族としてどのような生活をするのかというマクロ的な議論が欠けている場合が多いだろう。勿論、間取りを考えているときに生活像をある程度イメージしているが、明確にしているわけではないと思う。生活像を明確にしないと効率という近代主義の考え方で全く面白みのない住宅になってしまう。この積み上げ方式の思考は、企業のモノづくりでも同様の傾向がある。急にマクロの発想はできないので、最初は様々な情報を収集し構想を練り熟成すると、あるときこうしたいというマクロの発想ができる。
定かではないが、世の中の一流と言われる人々の思考は、ミクロだけではなく、マクロ的思考を行っているようだ。本田宗一郎氏、稲盛和夫氏などの言説からそのように感じる(図1)。本田宗一郎は、会社は社会のものなので、社名にホンダの名前を入れたことに後悔していた。積み上げの思考をしたらこのような発想は出てこない。
ミクロ的視点のチェックリストは多く提案されているが、マクロ的視点のチェックリストを作りたいと考えている。マクロ的チェックリストについては、次回に説明したい。

※先生のご所属は執筆当時のものです。
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