第71回 チェックリストの活用法(2)

2022.8.26 山岡 俊樹 先生

 通常、ある対象物やシステムを観察するとき、どう判断するのであろうか?観察者の頭の中にある基準に照らし合わせて良否を判断するだろう。頭の中にある基準とは観察対象に関するあるべき姿である。そのあるべき姿は知識と体験によって決まる。知識は学習によって得られるが、体験は観察者自身が行うことにより獲得される。

 観察により人間と機械・システムの最適な関係を求めるならば、特に人間工学全般の知識が重要である。人間工学は人間と機械・システムの調和を考える学問だからである。体験は観察者自身が今までに様々な機械・システムを使ってきた体験があるので、これらが基本となる。この人間・機械系の関係を観察する簡単な方法は、著者が提唱している70デザイン項目の中のHMI(Human Machine Interface)の5項目を活用するとよい。5項目の下位に3つの具体的な小項目がある。

(1)身体的適合性――身体面での人間と機械の適合性を調べる
 ①最適な姿勢であるか、②フィット性はよいか、③トルク(力)は最適か
(2)情報的適合性――機械との情報のやり取りの適合性を調べる
 ①見やすいか、②分かりやすいか、③ユーザのメンタルモデルと適合しているか
(3)時間的側面――作業時間での適合性
 ①作業時間は最適か、②休息時間を取っているか、③機械からの反応時間は妥当か
(4)環境的側面――環境面での適合性
 ①空調(温度・湿度・気流など)はよいか、②照明は最適か、③騒音・振動などは問題ないか
(5)運用的側面――機械・システムの運用面での適合性
 ①組織の方針は明確か、②情報の共有化はメンバー内で行われているか、③メンバーのやる気はあるか

 上記小項目の合計15項目をチェック項目としてチェックすれば、問題点が抽出される。ただ、これだけでなく感性面のUX (User eXperience)項目(よい体験であったか)を追加してもよい。さらに詳しくチェックするならば、70デザイン項目の感性デザイン項目9項目、安全性項目6項目などを追加する。これらの項目をチェックリスト化し、観察対象物と使用者をチェックすれば、詳細な問題点を容易に探ることはできる。さらに、観察対象物の使用体験と使用者へのインタビューにより、問題点を具体的に絞り込むことができる。この問題点から要求事項を抽出することができる。

 しかし、この視点はあくまでも現状の改善案でミクロ的視点である。より理想形あるいは将来を見据えたマクロ的視点の場合、どう考えたらよいのだろうか?5年から10年後に予想される対象物の姿、つまり理想形を考えることである。

 将来を予測するのは非常に難しい。その一例を紹介したい。入社してから数年しかたっていない1975年ごろ、当時の所長から2000年の電気釜のあるべき姿を予測しろと命じられた。たまたま手元にあった、ある総研が出した将来予測のデータ他を参考にしながら、報告書としていくつかの製品案を提案した。2000年ごろの社会状況を予測すると生活レベルが向上し生活スタイルが変わるので、このような機能、デザインが必要だとまとめた内容である。所長から良くまとまっているとほめられたが、現時点で見ると基本的に製品は当時からほとんど変わっていない。様々な面から検討したが、電気釜の機能は完成されているので変化する余地が無かったのかもしれない。この場合、25年先であったので予測は困難であったが、5年~10年先だとある程度予測は可能であろう。

 理想形を考えるため5年~10年後の予測をする。予測には著者が提唱している制約条件発想法で活用している5領域から考えていくのが効果的である(山岡俊樹編著, サービスデザイン発想法, オーム社, 2022)。5領域は下記の通り。
①社会・文化・経済:「工業化社会・情報化社会」「都市と農村」「工業・農業・商業」
②空間:「外部空間・内部空間」「固有空間・全体空間」
③時間:「過去・現在・未来」「所要時間」
④人間:「思考と行動」「感情と理性」「身体と心」
⑤製品・システム:「システムとカオス」「機能要求と非機能要求」「自動と手動」「デジタルとアナログ」

 人間を中心に考えた場合、人間にかかわってくるのが、人間であり、製品・システムや社会システム(社会・文化・経済)である。さらに、我々は時空間の中に存在しているので、空間と時間の視点も大事である。検討する順番は、時間・空間(時空間)>社会・文化・経済>人間、製品・システムで、具体的に絞り込んでいく。

 これらの5領域の下位の項目か、さらに下位の項目を追加して、使用する下位の項目を特定する。これらの項目を使って将来を絞り込み、予測することが可能となる(図1)。図1にあるように5領域から外れた案は論理的にありえないが、もし発生したならば不可である。ブレインストーミングのように闇雲に思いつくまま将来を予測するのは、アイディアに偏りや不足部分ができる可能性が高いので、細分化された領域ごとに予測し、それらを統合したほうが予測精度は上がるであろう。

 例えば、①社会・文化・経済において、情報化社会ではDXによるデジタル化が進み、ネットワーク型社会となり、新しいコミュニティの誕生が予測される。そのため都市と農村の格差は減少し、働き方やモノづくりのベクトルが変わり、社会の多様化が進むなどと脱モダニズムの「温かい」という概念が浮上する。②空間では固有空間とゆとり空間の分離、③時間では同時性が進み、④人間に関し個性化がさらに進み、⑤製品・システムでは所有の概念が薄まるなどと予測できる。①から⑤の根底で繫がるのは、従来の「効率」を乗り越えた「人生を楽しむ」という概念があるように思われる。この「人生を楽しむ」というキーワードに対し、目的―手段の関係から分解していくと、具体的な下位のキーワードを求めることができる。これらのキーワードをチェックリストとして活用し、観察データから使用者のインサイトを抽出することができるだろう。

 図1 5項目で将来を絞り込み

※先生のご所属は執筆当時のものです。

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