第53回 温かいデザイン(29)
2021.02.26 山岡 俊樹 先生
以前、ラジオのパーソナリティとして、活躍されていた元早大教授の加藤諦三さんは「自分づくりの法則」(大和出版,1992年)の中で、次のように述べている。心を開いて語り合える友がいる人は温かい、死者あるいは別れた人に対して「懐かしさ」を感じるのは、その人の心の温かさの為ではとも言っている。2019年度のDesignシンポジウムで発表した論文に、以下の温かいデザインの構造を示した。その中に懐かしさがある。
温かいの下位の階層に親しいの概念が置かれ、その下に心理的距離感を短くする要素として、「日常的、身近」「懐かしい」「柔らかい」がある。「親しい」が意味性・ストーリーの構築であり、「柔らかい」が自然素材などの活用であり、「懐かしい」が体験による時間的経緯である。
効率を中心とした近代主義の流れが足踏みし始めた昨今、これに変わるような動きがデザインや建築の世界で見られるようになった。建築では国立競技場などで木材を多用した空間を作り出し、身近なデザインの例ではローソンの紙パック飲料がある。この紙パック飲料のデザインは自己主張がなく、購入後、食卓に置いても違和感のない柔らかいデザインとなっている。従来の紙パック飲料はコントラストのある大きな文字にして、店舗内で絶叫しているようなデザインばかりであった。この絶叫型デザインの紙パックを食卓に置くのは、確かに違和感があるだろう。パッケージデザインの主目的が売るためのデザインから、使うため、生活を楽しむためのデザインに変わりつつあるのではないだろうか。近代主義のデザインはその時代の憧れ、先端性をしめすのが良いデザインと評価され、何の疑問も持っていなかった。しかし、もうこのような呪縛から身を解き放されても良いだろうと思っている。
電気製品ならば何でも修理するという修理工が先日TV番組で紹介されていた。フリーで仕事をしており、全国から修理の依頼が多数くるそうである。ある古いステレオの修理依頼が舞い込んだ。高齢のご主人が亡くなった奥さんとよく聞いたジャズを聴きたいので、修理依頼をしたそうである。新品の商品を購入すれば済むところを、懐かしい思い出を大切にしたいからだそうだ。効率中心の考え方からすれば、使い古した製品は破棄され、新製品を購入すればよいという考え方が普通である。しかし、SGDsなどの価値観だけでなく、思い出を大切にするという考え方からも、道具、製品を末永く使い込み、自分の分身として考える人が今後増えていくような感じがする。近代主義のベクトルは、今は苦しいが、我慢して、明るい未来があるという憧れが前提であった。しかし、現在、実体の無いそのような考え方よりも現在を楽しむというベクトルではないだろうか?温かい製品を使い込んでいくことにより、懐かしい感情が生まれ、末永く使ってゆくことはエコにも通じる。
ローソンの紙パック(2)
<文献>
(1)山岡俊樹,温かいデザイン,温かいメンタルモデルとその心理的距離感の関係,Designシンポジウム2019発表概要集,pp250-255,日本デザイン学会(幹事学会),日本機械学会,精密工学会,日本設計工学会,日本建築学会,人工知能学会,2019
(2) https://www.lawson.co.jp/recommend/original/select/drink/index.html 2021年,2月20日現在
※先生のご所属は執筆当時のものです。
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