第81回 思考の硬直・停止(その2)
2023.6.30 山岡 俊樹 先生
前回の続きで、「思い込み」について考察したい。
「思い込み」もある意味では思考停止といえる。深く考えないで済むので、思考のコストが下がるのだ。この思い込みの中に「べき論」やW.リップマン(Walter Lippmann)のいう「ステレオタイプ(stereotype)」が包含されている。「思い込み」は、育った環境、受けた教育、体験、情報などによって作られた概念と思う。
「思い込み」は不完全であり、その後追加された情報などにより修正され続ける。時代の流れによって、社会の様々な仕組みや価値観が変わるので、「思い込み」も修正され続けなければならない。その内容はスキーマ(知識のかたまり)、メンタルモデル(現実の世界を説明する骨組み)や因果関係によるストーリーなどがある。人間である以上、だれでも「思い込み」を持っているが、常に変容させていく努力をしなければならない。そのためには、常に様々な知識を詰め込んで「思い込み」に上書きをしていく必要がある。この努力を怠ると、時代遅れの考えとなり、頑固な人と揶揄される。
20世紀はモダニズムの考えから、効率優先の考えであった。この効率優先の考え方がその当時の我々の考え、「思い込み」の基盤にあったように思う。人間関係に、この効率を持ち込んではならない。人間関係は共鳴、共感が大事で、そこに異質の効率が入ると破綻するからだ。20代のとき、スキーに行くため待ち合わせた駅に友人が来ず、翌日スキー場で会ったが、別に腹は立たなかった。21世紀では個の尊重、つまり多様化が主なベクトルになっていくだろう。現在はその端境期でもあるので混乱が見られるが、今後右往左往しながら着実に進んでいくだろう。
筆者が30代のときに将来、博士号を取りたいと父親に雑談でしゃべったとき、怒られた。明治生まれの父親にとって、博士号は「末は博士か大臣か」という言葉があるぐらい、博士号を取ることは大臣になることと同じぐらい難しいと「思い込んだ」らしいのだ。
デザイナーの能力も同様で、可視化能力・発想力が無ければならないという「思い込み」がある。確かにそうではあるが、デザイナーに求められる役割が変わり、時代に必要なデザイナーは、可視化能力も大事であるが、それ以上に発想力とシステム構築力による価値の創造が重要な能力になってきている。そのため、デザインの専門教育を受けなくとも、そのような能力を持っている工学、建築や社会科学などの出身の専門家がデザイン業務を行い、良い成果を上げている。
図1「思い込み」のフィルターの明暗により見えるものが変わる
「思い込み」はフィルターあるいは色眼鏡で世の中を見ているようなものである(図1)。同じ事象でも暗い眼鏡で見れば暗い事象になり、明るい眼鏡で見れば明るい事象となる。自分が社会から正当に扱われていないと不満を持つ人だと社会に対してネガティブに見る傾向があるだろう。つまり、モノや事象の見方は、見る人の心によって変わるのだ。
人間は人間中心主義という「思い込み」で、モノや動植物を勝手に分けて考えている。トンボはいいが、ゴキブリはダメ、草と雑草など人間の都合によって分け、人間にとって都合の悪いのは排除しようという考えである。時間軸上で、その価値を変えたものもある。それはカラスで、昔は人間の友として捉えていたようであるが、現在は害鳥としてみられている。
吉本伊信(1916-1988)が開発した内観という自己探求法がある。自己中心の考え方を変え、それとは違う視線から自分を見直す方法である。つまり、自己中心の考え方に固まった「思い込み」を解き放し、別の見方をしようという試みである。例えば、母親(上司)が子供(部下)にうるさく注意をするのは、子供(部下)にとってうるさい存在と思うが、内観によって視点を変えると、母親(上司)の愛・思いやりの表れと理解することができる。
人間は自己中心の考え方を基礎にして、「思い込み」をしているようだ。特に自分に絡むことに関してその傾向が強い。例えば、レストランで後から来た客に料理が運ばれ、自分の方はまだとなると怒る人がいる。自分の方が先に着席したので、自分の方を先に料理を出すべきだという思い込みである。しかし、簡単な料理なので後から来た人に先に出したかもしれない。自分中心の思い込みを脱して、常に相手の立場を考える余裕が大事だ。
お国柄による価値観の違いも気になる。米国のスーパー、ホテル、エアラインでサービスに対する「思い込み」の違いに気が付く。四つ星ホテルのフロントでスタッフ同士が雑談しながら対応したり、飛行機機内でキャビンアテンダントが顧客の前で主任に怒られたりするなど、サービスに関する違いを目の当たりにする。文化の違いなのだろう。
※先生のご所属は執筆当時のものです。
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