第60回 制約条件を考える(6)
2015.07.23 山岡 俊樹 先生
通常、我々が観察する際、単に見るだけではなく、その観察対象物や人間の行動の意味を考え判断する。その際、観察者の持つデータベース(知識)に基づいて、それが持つ意味を考え判断するのである。これは制約条件に基づく判断として考えることもできる。
例えば、シャツの裾を外に出して着こなすタックアウトのファッションをしている男性が以前より増えたと感じている。ファッションの歴史やその他の世の中の動向に基づいて考えると社会全体が脱束縛のベクトルに流れているのではないかと推測できる。このように世の中のベクトルを把握できれば、それを考慮して製品開発などを行うことができる。
このように観察事項に対して、拡張的推論を行うのがアブダクション(abduction)である。推論の方法として、演繹法(deduction)と帰納法(induction)が有名であるが、米国のチャールズ・パース(Charles,Peirce)はこれ以外にアブダクションを提唱している。観察に関して、アブダクションの観点から説明すると、ある観察事実に対してそれをうまく説明できる仮説を考え、仮説が正しければ観察事実は当然であろうと考えることである。これを演繹法の[大前提]→[小前提]→[結論]を活用して、わかりやすく整理をすると[結果(結論)]→[規則(大前提)]→[観察事実(小前提)]の構造となっている。従って、結果:脱束縛、規則:タックアウトだと脱束縛、観察事実:タックアウトの着こなし、となる。次に、私が活用している定食屋さんの評価をしてみよう。結果:良いお店、規則:顧客志向の高いところは良いお店、観察事実:顧客志向の高いお店と推測した。4つのお店を評価してみた。
顧客志向に関する評価はとりあえず6項目を考えてみた。以上のデータは、あくまでも山岡個人のものであるが、[健康を配慮し味も良い食事]=[顧客志向]が良いお店となっている。仮に、別の同様のお店を利用した時、このアブダクションで判定することとなるだろう。別のユーザは料理の質として、味もさることながらヴォリュームという視点でウエイトを置く場合もあるだろう。そういうユーザは[ヴォリュームの有る料理]=[顧客志向]となる。その場合、AとDのお店は、無料のご飯のお代わりができないので、対象外となるかもしれない。通常、このような判断はいちいちアブダクションなどとは言わずに直感的に行っている。当初、BとCのお店しか知らなかったので、あまり差を認めることができなかったが、その後、AとDのお店を知ることになり、その差がかなりあると認識するようになった。このことから定性的研究や判断の方法として比較の重要性が分かる。帰納法の視点からこの4店を調べると従業員の態度が共通点(規則)となっている
観察は通常、アブダクションによる推論を行うので、推論を行う知識が必要である。人間-機械系を中心とした観察をするには、それに関する知識が必要である。HMI(Human Machine Interface)の5側面や70デザイン項目を知っていると観察データの分析が楽となる。サービスの接客に関しては、サービスデザイン項目を活用すれば良い。また、人はどういう構造で感動するのかは、UX、物語の関係図(拙著、デザイン人間工学を参照)を確認してほしい。以下にHMIの5側面と70デザイン項目を示す。
(アブダクションに関しては、米盛裕二、アブダクション、勁草書房2007を参考にした。分かりやすい本なので関心のある方は読まれると良い。)
HMIの5側面
(1)身体的側面(①位置関係(姿勢)、②フィット性、③トルク)
(2)頭脳的側面(①メンタルモデル、②見やすさ、③わかりやすさ)
(3)時間的側面(①作業時間、②休憩時間、③機械からの反応時間)
(4)環境的側面(①温度、湿度、気流、②照明、③騒音、振動他)
(5)運用的側面(①システム(組織)の方針、情報の共有化、③メンバーの活性化(モチベーション)
70デザイン項目
1.ユーザインタフェースデザイン項目(29項目)
(1)寛容性・柔軟性、(2)習熟度対応、(3)ユーザの保護、(4)ユニバーサルデザイン
(5)異文化対応、(6)楽しさ、(7)達成感、(8)ユーザの主体性の確保、(9)信頼感、
(10)手がかり、(11)簡潔性、(12)検索容易性、(13)一覧性、(14)マッピング、
(15)識別性、(16)一貫性、(17)メンタルモデル、(18)情報の多面的提供
(19)適切な用語・メッセージ、(20)記憶負担の軽減、(21)身体的負担の軽減
(22)操作感、(23)操作の効率
共通手段
(24)強調、(25)アフォーダンス、(26)メタファ、(27)動作原理、(28)フィードバック
(29)ヘルプ
2.ユニバーサルデザイン項目(9項目)
(1)調整、(2)冗長度、(3)仕様、機能が見える、(4)フィードバック、
(5)エラーに対し寛容、(6)情報の入手、(7)情報の理解・判断、(8)操作
(9)情報や操作の連続性
3.感性デザイン項目(9項目)
(1)デザインイメージ、(2)色彩、(3)フィット性、(4)形態、(5)機能性・利便性
(6)雰囲気、(7)新しい組み合わせ、(8)質感、(9)意外性
4.安全性(PL)項目(6項目)
(1)危険の除去、(2)フール・プルーフ(fool proof)デザインを行う
(3)タンパー・プルーフ(tamper proof)デザインを行う、(4)保護装置(危険隔離)
(5)インターロック機能を考えた設計、(6)警告表示
5.エロコジーデザイン(5項目)
(1)耐久性があること、(2)リサイクリングが可能、(3)材料を少なくする
(4)最適な材料の選定、(5)フレキシビリティのあるデザイン(部品の交換など)
6.ロバストデザイン(5項目)
(1)材料を変える、(2)形状に配慮する、(3)構造を検討する
(4)応力に対し逃げのデザインをする、(5)ユーザの無意識な行動に対応したデザイン
7.メインテナンス.デザイン (2項目)
(1)近接性の確保、(2)修復性の確保
8.その他(HMIの5側面他)(5項目)
(1)身体的側面、(2)頭脳的側面、(3)時間的側面、(4)環境的側面、(5)運用的側面
※先生のご所属は執筆当時のものです。
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