第52回 温かいデザイン(28)

2021.01.29 山岡 俊樹 先生

 ファッション、デザインや建築の歴史を回顧すると、それらの分野の巨匠と言われるクリエイターによって、先導されて発展してきたというのが分かる。巨匠と言われる各分野の実力者と一般のデザイナー、建築家との実力の差が明確であった。その差は生まれつきの才能に依存したところも多くあったと思うが、それに加え圧倒的な良質の情報と思考力を得ていたということも見過ごせない。一流の指導者に恵まれたり、海外留学のチャンスを得たり、若くして様々な分野の一流のスペシャリストとの交流などにより、最新の情報、考え方を入手し、持ち前の才能に花を咲かせたということであろう。しかし、1970年代以降、特に21世紀に入り、インターネットにより様々な情報を容易に入手できるようになると、それほど彼我の差を感じなくなってきた。

 しかし、差が縮まったとはいえ、一流と二流のクリエイターの差は歴然と存在する。考える力の存在である。特に、モノ・コトに対する哲学で、モノ・コトがこの世でどう存在すべきかという考察である。この考察を飛ばし、"かたち"のみ表面的にいじくっているのは一流とはいえない。元野球監督の野村克也氏も自著(「エースの品格 一流と二流の違いとは,小学館文庫,2010年」)で考える力、妥協しない精神力が大事だと説いている。企業にいるとこのような書生っぽい議論をしないのであるが、近代主義が終焉を迎えているこの時代こそ、このような議論を重ねることが次世代のモノ・コトづくりに必要であろう。

 CDショップでホルン曲が好きなので、Dennis Brainというホルン奏者によるホルン演奏曲集を購入した。CD4枚組、1500円で、モノラルで古いが、安いので試しに購入してみた。1950年代の録音でそれほど音は悪くはなかったが、聞いているうちに従来の奏者と違うと気がついた。早速、ネットで調べると、この奏者はイギリスのホルン奏者で1957年に交通事故で亡くなっており、天才ホルン奏者であると書かれてあった。確かに、モーツアルトのホルン協奏曲1番から4番を聞くと従来の演奏家と違うのが分かる。ぐいぐいと引っ張られていくのだ。テクニックだけの問題ではないと思う。曲の解釈力なのだろう。

 誤解を恐れずに言わせてもらうと、一流と二流の違いは解釈する力、つまりモノ・コトを構造的に把握する力ではないかと考えている。プレジデント,2021,1.15号で、元セブン&アイHD・会長兼CEOの鈴木敏文氏は、日本の歴史と現状を構造的に分析し、様々なアイディア、将来のベクトルを示している。時間軸上で構造的に分析することにより、将来のベクトルを明確にし、それに基づいて様々な具体的なアイディア、計画が必然的に生まれるのである。この見方は人間にも通用し、自分の専門が古くなっても何も対応しない人がいる一方、時代の流れを読んで勉強・対応をする人もいる。この差は何であろうか。心の持ち方で、可能性を感じ楽しいと感じるか、面倒くさいと感じるかの差ではないだろうか?前述の野村克也氏は同じ本で、一流でないのを「限定」→「妥協」→「満足」として説明している。可能性のある自分の力を限定的に捉え、自分自身に妥協し、満足してしまうことである。

 何事にも積極的に対応するから楽しいのではないだろうか?それによって生活が豊かになり、心が温かくなる。この心の温かさを製品、サービスが支援できれば良いと思うのだが。


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