第95回 ホリステックな考え方(5)
2024.8.31 山岡 俊樹 先生
作家の保阪正康氏はTV番組で歴史観を持つ政治家は見どころがあると述べていた。つまり、歴史の流れから現在の自分のポジションを認識しているからであろう。このように全体的な視点で自分の立ち位置を顧みないと、政治家は利害関係で判断、行動してしまうことになりかねない。
宮本武蔵は五輪書で「観(かん)の目はつよく見(けん)の目はよわく」と述べている。観の目は全体、見の目は部分を意味し、全体を見る目を強くしろと説いている。
ドラッカーも同様のことをいっている。彼がNPOの盛況を予想できたのは、グーテンベルクの活版印刷機の発明から現在までの歴史の流れを総括したためである。
私が20代のころ厨房機器のデザインをしていた。当時の所長から25年後の21世紀における電気釜のあるべき姿を検討せよと指示をうけた。そこで社会の動向をしらべるため某総合研究所の将来予測の資料をベースに考えてみた。ご飯の炊き方、生活スタイルと使い勝手を中心にアイディアを練った。例えば、熱源とご飯を炊く部分を分離し、台所からご飯を炊く部分を直接、食卓に置いて食べると便利ではないかなどと考えた。所長に提出したところ、なるほどと褒められた記憶がある。しかし、現実はバブルが起き混乱のうちに21世紀を迎えた。現在の電気釜は大まかにいえば、ご飯を炊く技術・機能面の進化のみで、ユーザ側の利便性はそれほどでもない。しかし、よくよく考えると電気釜の本質はおいしいご飯を炊くことである。電気釜はあくまでもご飯をおいしく炊く道具であり、私は生活を豊かにする道具として位置づけていた。ホリステックの視点から物事の本質を探らないまま、表層的なアプローチをしてしまった。
人間の人生の予測と同様、社会の予測も困難だ。大まかな社会の予測はできるが、詳細は無理だろう。だから21世紀では、先が見えずVUCA(Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性))の言葉が流行っている。確かに、モダニズムの時代は「効率」「新規性」というベクトルのもと、我々の行動は知らず知らずに拘束されていた。従って、わが国では電車の到着時刻は正確でなくてはならず、自動車などの製品のデザインは新規性が必要だとメーカやユーザは思っていた。
2023年8月のコラムで紹介したイタリア・フィアット社のムルティプラ(Multipla)は自動車評論家によるさんざんな評価であったと報告した。しかし、モダンデザインではないが意味性、味のある車だなと、当時ミラノで初めて見た時の私の印象であった。全体論の観点からモダニズムの発生理由を明確に認識していれば、当時、思考・評価する際、一元的な見方は避けられただろう。
今の状況はどういうベクトル(行動基準)なのだろうか?それは「許容」であると考えている。許容は包摂と同じ意味で用いるが、野放図にその境界をあいまいにするのではなく、その境界を時代とともに定義をしていくという意味で許容の言葉を使う。
生活が豊かになり、現在はマズローのいう欲求5段階説の一番上の自己実現の段階に来ている。そうすると自己実現のため我々の行動を縛る不要な制約がなくなり(世の中がそのような動きとなるので)、その結果、多様性の考え方が出現する。多様性はモダニズム時代のような単一価値観と対立する考え方である。また、生物の多様性にもつながっている。この多様性を包含するのが許容の考え方である。
次に、世の中の動きを見るためのホリステックの見方を紹介する(図1)。
① 気になる情報を抽出してみる
例: 特色のある高校や大学をしらべてみる。通信教育のN・S高校、神山まるごと高専や国際教養大学などが思いつく。
② それらの情報をまとめてグループ化し、その中核の考え方を把握する
例: ①に共通する事項は、ある事項に特化し、生徒・学生の個性を重視した教育機関である。個性を尊重する学びの姿勢がこのグループに共通する考え方である。
③ 最初に抽出したグループに類似したグループを収集する
例: 「個性を尊重する学びの姿勢」が抽出されたので、演繹的に「個性を尊重する生き方」や「個性を尊重するビジネス」などが考えられる。「個性を尊重する生き方」として、都会から地方へ移住、LGBTQや夫婦別姓などの生き方がある。「個性を尊重するビジネス」として、個別ユーザごとに対応した製品・システム(ファッションや住宅など)の提供などが考えられる。
④ それらのグループ間の関係をまとめる
以上の論点から個性というキーワードが抽出されたが、それを生み出す「多様化」というキーワードが構造的に浮かび上がる。生産性を上げるためのモダニズムの考え方は、無駄を排し一元的な価値観であったが、それが崩れつつあるという現象を理解することができる。
※先生のご所属は執筆当時のものです。
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