第100回 ホリステックな考え方(10) 絞込み思考

2025.1.28 山岡 俊樹 先生

 モノづくりでよく犯す誤りは、目的やコンセプトのマクロ情報を決めずに表面的な製品の問題点や要求事項のミクロ情報に基づいて、安直に製品を作ってしまうことである。

 横浜市内の通勤駅のホームで散見するイスについて、人間工学的、システム的に考えればユーザにとってよいデザインは、1つのソリューションに収斂されるはずであるが、そうなっていない。図1と2を見てほしい。一見すると図2のイスの方が体にフィットして座りやすそうだ。


 図1は座面、背もたれはシンプルな形状で、図2は人間の背骨のS字湾曲に対応した形状だ。使用される状況は同じで対象とする人間も変わらないのに、イスの形状はなぜ違うのか?
・イスAの座面の傾きは、後傾で約7度、座面と背もたれのなす角度は約102度であった。
 人体とのフィット性は弱いが、自由度は高い。自由度が高いということはさまざまな姿勢をとれるという意味である。
・イスBの座面の傾きは、後傾で約3度、座面と背もたれのなす角度は約113度であった。
 人体とのフィット性は高いが、そのため自由度は低い。
 空港に置かれているイスは、長時間座ることも考えて、座面の傾きが後傾で10度近辺の値が多く、座面と背もたれのなす角度は108度程度が多い。長時間座るという視点は旅行者、空港内のイスという特殊性を配慮したマクロの視点である。ミクロはイスの構成要素に特化した視点である。

 イスBでは、背もたれはS字カーブにした方がよいとの人間工学の理論をそのまま適用したように思える。しかし、S字カーブが絶対よいとは限らない。実際、座ってみると背もたれラインの屈曲点が私の背中に当たり痛かった。イスAの方はさまざまなユーザが短時間使うので、それに適応した形状にしたのであろう。人体のS字カーブといえどそれにフィットしていればよいというのは短絡的だ。高齢者のように背中が丸くなるとイスAの方がよい。フィットするということは、自由度が低くなり動きづらくなる。一番フィットさせているのが、レーシングカーや戦闘機のシートであろう。

 このようなさまざまな視点から考えるとイスAはユーザの適応範囲が広く、イスBは狭い。そもそも10分程度の電車待ち合わせという制約、あるいは都市における交通機関の駅イスのあるべき姿を検討するマクロの視点が必要である。イスBの方はまず人間工学のS字カーブという視点、制約がまずありきで、開発したのではないかと思う。これはミクロの視点である。ミクロの視点は大枠、つまりマクロ、ホリステックな視点をまず考えてから、検討すべきである。分かりやすい例では、京都の街並み全体(マクロの視点)を鳥瞰し把握することにより、各建物の(位置)関係(ミクロの視点)が明確に理解できる。これは全体の構造を理解できると、細部の位置関係やそれらの流れ(プロセス)が容易に把握できることを意味する。これはシステム設計の考え方でもある。

 以上から、全体から部分を把握するという合理性を理解していただけたと思う。部分に着目して考えていくことは、具体的な情報が分かるので全体を考えなくなる。砂漠の民ではなく、森林の民で育った我々はどうしても部分的に見る癖がついている。森林の中では安全で食べ物があり、全体を見る必要性がないからだ。

 あるシステムの「全体→部分」の関係を更に広げて考察してみよう。この全体は無限大から絞り込まれている。例えば、私の住んでいる横浜は、宇宙という無限大の空間から銀河系、太陽系と絞り込まれて地球となる。更に地球から絞り込まれて日本がある。この繰り返しで、日本から横浜が絞り込まれる。この何段階かの絞り込みの繰り返しで構成要素が特定される。
 その絞込みは制約条件によって行われる。この制約条件は知識・体験であり、これらの情報がないと絞り込むのが難しくなる。頑迷な人はこの知識・体験が不足しているため、柔軟な思考(絞込み思考)ができない。その理由は自分の意見を世の中の情報の中で位置づけができないためである。あるいは、世の中の情報をあまり持っていないのも原因であろう。位置づけできないので、他の情報と比較できず自分の意見が絶対と勘違いしてしまう。新聞の人生相談の大半の相談者は、持っている世の中の情報と制約情報が少なく、問題点の位置づけに迷っているためであろう。この世の中の情報はその時代の基本的な考え方である。だから、賢明な回答者といえど、そのアドバイスは時代とともに変わってしまう。

 1月末に『「制約」を使って最短で答えを出す!絞込み思考』あさ出版を上梓した。この本では前述した制約を使って絞込みを行い製品開発、発想、意思決定、プレゼン、問題解決、人間関係、組織などの多分野で活用できる汎用方法を紹介している。また、思考する際に必要となる体験・知識として300項目(社会・経済・文化に関する体験・知識(61項目)、時間に関する体験・知識(11項目)、空間に関する体験・知識(27項目)、人間に関する体験・知識(66項目)、製品・システムに関する体験・知識(135項目))が準備されている。
 この絞込み思考のポイントは、無限大の情報から目的を絞り込み、更に構造化コンセプト、可視化、評価と絞り込み、その結果、ソリューションを得るという内容である。従来の発想はある発想のネタを拡大させていく方法であるが、慣れていないとなかなか難しい。一方の絞込み思考の発想法は上記の無限大の情報から絞り込んで新たな発想をするという従来と真逆な方法で、方法が定まっているので誰でも可能である。
 分かりやすい例として、同書の59ページに表示した名刺のデザインの方法を図3にて紹介する。


 すべての存在物や我々の行動には目的がある。目的のない行動もそれが目的となる。ローマ皇帝マルクス・アウレリウスも同様のことを自著で述べている。この目的を受けて具体的にどうするのかを決めるのが構造化コンセプトである。構造化コンセプトは抽象レベルなので、可視化のステップで具現化する。最後の評価でそれが目的・構造化コンセプトと適合するのか(検証)、あるいはユーザが受け入れてくれるのかチェックする(有効性の確認)。

 最初に述べたように、よく陥りやすいのが、目的とコンセプトを作らず、あるいはあいまいなまま、問題点や要求事項から直接、可視化をしてしまうことである。目的と構造化コンセプトが不明で方針が決まっていないのに、一生懸命UXの検討やペルソナを作っても意味がないだろう。
 デザイン、建築や工学系のモノ・コトづくりに係る学生は、厳密なコンセプトを作らず、スケッチを描きだす場合が多い。学生はスケッチを描きながら、さまざまな検討を行い、方針を決めるのであるが、考えているのは表面的なミクロの視点である。そうではなく、絞込み思考により、時代の流れ、社会・文化状況などの無限大の情報から絞り込み、そのモノ・コトがどうあるべきかを考え、その方針の下でミクロの案を提案していけばよい。

 この絞込み思考はモノづくりだけでなく、人間の行動全般、例えば、文章作成、イベント、会議やプレゼンの準備、健康増進、人間関係など幅広く対応が可能である。

※先生のご所属は執筆当時のものです。

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