第54回 温かいデザイン(30)

2021.03.31 山岡 俊樹 先生

 前回、"懐かしい"の概念によるモノ・コト作りの必要性を述べた。この考え方が主流になるとは思えないが、あまりにモダンデザイン一辺倒の現状に変化を期待したいところである。

 先日、京都五条橋のたもとの公園に行った。そこに花が咲いていて、きれいだなと思いつつ、写真を撮りながらこの公園はユーザに何らかのメッセージを送っているのだろうかと考えてしまった。

 長方形の敷地の周囲に樹木を植え、その中に遊具とベンチが置かれてだけであった。勿論、それなりのデザイン意図があるのかもしれないが、上手く読み取れない。数年前、大阪で打ち合わせのため、有名な某建築家がデザインしたコストをあまりかけられない貸しビル(?)に行った。中に入ると低コストといえど、従来のこの種の空間との違いを感じ、一種の緊張感のような刺激があった。魅力のようにも感じたが、それほど強くはない。この公園では、そのような刺激は無く、中心性の喪失のようなものを感じる。京都に限らず、国内の様々なところで公園をよく見るが、人がそこにいて楽しんでいるシーンをあまり見ない。公園に遊具などのモノは十分あるのだが、コトが見えない。以前、倉敷の街を幹線道路沿いに歩いていると、歩道に沿って並べられた樹木群の一か所にアルコーブの狭い空間があった。そこにはベンチが置かれ休憩所の様な場所で、数メートルおきに何か所かあった。こんな交通量が多く、うるさい場所で日除けが無く、一体誰が使うのかと疑問がわいた。この様なちょっとした休憩場所は、日本中いたるところで目に付くが、座っている人を見る機会はない。

 公園や休息場所はモノだけで人を引き付けることはできないので、コトで発想しなければならない。確かに、新しい遊具などあれば、使用者は増えるかもしれないが、時間と共に飽きられるのがモノの宿命である。だから、東京ディズニーランドでは、飽きられないように設備の更新を何年かおきに行っている。しかし、コトの経験ならば、飽きられず個人の思い出となるので、こういう空間こそコトに力点を置いたデザイン、例えば「懐かしい」の概念を前面に出したデザインができないだろうか?


図1:公園には樹木が多くあり良いのだが。

図2:公園のブランコ

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