第45回 適合性について考える

2014.04.21 山岡 俊樹 先生

 今年3月、バルセロナでユーザインタフェース関係の国際会議があり出席した。時間に余裕ができたので、ガウディのカサ・ミラの観察に出かけた。カサ・ミラは明治の末期に完成した高級アパートである。空間が有機的でなかなか見ごたえのあるデザインであった。彼がデザインした椅子や建物の構造を見ると、形からデザインしたのではなく、人体や建築構造からデザインしたのが分かる。特に驚いたのはドアのハンドルのデザインである。粘土を手で握ってもらい、できた形状をハンドルにしているのである。図2と3の(a)(b)の写真で理解できると思う。図1はハンドルの端部を押して、ドアの開閉をするデザインである。腕をねじって、ハンドルを回転させて、ドアの開閉をする方法でない。

 このハンドルの件は、人間と機械との適合性のフィット性という観点から説明できる。例えば、電卓などのボタンの押す面が凸状の曲面ではフィット性が悪く、逆の凹面ならばフィット性がよいといえる。ガウディがデザインした図2と3のハンドルはフィット性が高いデザインといえる。しかし、現地で操作しようとしたところ、一瞬どう持ったら良いのか戸惑った。形状があまりに特殊で汎用性がないためである。このように道具や操作具にはフィット性が高い場合と汎用性の高い場合がある。日本の鋸と欧州の鋸は考え方が大幅に異なっており、前者は汎用性が高く、どのような使い方も可能であるが,そのためフィット性が弱い。後者が逆で、ある姿勢での使い方しかできず、フィット性が高く使いやすいが、汎用性がないため、多様な使い方ができない。同様にグリップの無いカメラ(ライカなど)とグリップのあるカメラ(一眼レフカメラ)の違いでもある。
グリップの無いカメラはフィット性が悪いが、多様な使い方が可能である、一方、グリップのあるカメラのフィット性は良いが、多様な使い方が難しいといえる。

 いずれにせよ、明治の末期にこのような人間中心の考え方で人間と道具との適合性を考えていたとは驚きである。

 

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