第94回 ホリステックな考え方(4)

2024.7.31 山岡 俊樹 先生

 前回、ホリステックな研究開発方法を述べたので、今回は具体的な例を挙げて詳しく説明する。従来の方法は無限大の情報の中から、適当と思われるソリューション範囲を絞り込んで、最適解を抽出している。例えば、図1に示すドアのプレートの位置は最適でなく、多数のユーザが手で押した跡は、床から1120mmのところにできた円形の痕跡となっている。


図1 ドアを押したときの痕跡

 この円形の痕跡のサイズとその高さは、背の低い人、高い人などのさまざまなデータの結果でもある。いい方を変えれば、時間をかけて多様な人々のデータが集積した結果ともいえる。


図2 ドアを押したときの痕跡

 図2でも同様の結果である。ドアのところに窓があるため、痕跡はL型になっているが、窓が無ければ図1のような痕跡となるだろう。実際、図2はある大きな病院のトイレのドアで、使用者数は仮に1日100名とすると、年間36000回程度となる。いい方を変えれば、36000人のデータでもある。仮にこのプレートの高さを決める実験をするならば、せいぜい10人前後でデータを取る程度である。

 次に公共機関、特に空港で使われているイスについて考えてみる。イスはその構造・機能は簡単であるが、ユーザのさまざまな要求、情報や社会的側面などもデザインするときに考えなければならず、難しいデザイン対象である。簡単ならば、形態が一様に決まり、形状や機能の変化はあまり無いはずである。特に、オフィス用のイスはさまざまな変化を経てきている。
 以前、大学の研究室で背もたれと座面がメッシュから構成されている斬新なイスを使っていたが、あるとき疲労を感じた。いろいろ考えているうちに座面のメッシュの張りが弱くなり、体を保持するため余計な筋負担をかけているのではと推測した。従来型のイスに替えたらこの問題は氷解した。
 また、30年前、自宅用にその当時、最新の理論に基づいてデザインされた座面と背もたれが一体となったFRP製のオフィス用イスを購入した。たしかに、体と一体化するのだが、イスに自由度が無くストレスを感じた。つまり、自宅で使うのにさまざまな姿勢に対応しない構造が原因であった。

 このとき感じたのが、時間軸でモノゴトを決める必要性である。特に、コトは意味を包含し、その意味は時間に影響される。例えば、以前ローソクは空間での光源として使われ、その意味は光を得ることであった。その後、光源は電気に置き換わるとローソクは空間のムードを演出する道具となった。ローソクという光を発する機能は変わらないが、その意味(コト)は時間軸上で変わったのである。

 最近、福岡で学会があり、発表のため成田から福岡に向かった。学会終了後は那覇に向かい、数日過ごしたあと、成田に戻った。航空機はLCC(Low-cost carrier)である。このとき、待合室のイスを撮影し、座面と背もたれなどの角度をPC上で計測した。また座り心地の簡単な5段階評価を行った。厳密なデータではないが、ある程度の方向性を示すことができたと考えている。
 海外の学会発表の際にも、国際空港でのイスを計測してきた。それ以外の鉄道、バスや公園でのイスや建築、公共機器なども撮影した。それらのデータをみているとデザインやモノづくりの傾向を的確に把握できる。


図3 那覇空港でのイス


図4 福岡空港でのイス


図5 成田空港でのイス

 国内の3空港における待合室のイスを検討してみると以下のことがわかった。
①座面は5-7°程度後傾がよさそう
②座面と背もたれの角度は110°程度がよさそう
③座面と背もたれにクッションが必要である
 (成田では専用LCC施設なので、コスト削減のためかクッションが無かった)
 過去、海外の空港で集めたイスのデータも同様な傾向であった。

 この種の作業を時系列的に、その範囲を広げると最適な解決案が絞られる。例えば、ある製品のパッケージデザインの傾向を過去から各社調べると今後どういうデザインにすべきかわかる。さらに売り上げ情報も加味すると精度は向上する。他社の売り上げ情報は正確にはわからないだろうが、定性的な情報はわかるので、売り上げ情報を5段階程度に分ける。この5段階程度の売り上げ情報を目的変数に、説明変数をデザイン要素にして重回帰分析か数量化Ⅰ類で行うと、どのデザイン要素が売り上げに貢献しているのかわかる。デザイン要素でなくとも製品の仕様でも同様だ。このような統計処理をしなくとも、データをみて熟考するとソリューションがわいてくる。

※先生のご所属は執筆当時のものです。

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