第73回 チェックリストの活用法(4)
2022.10.27 山岡 俊樹 先生
石田梅岩「都鄙(とひ)問答」(現代語訳:城島明彦、致知出版社)を読んだ。石田梅岩は堺屋太一の「日本を創った12人」(PHP新書)でも紹介された、江戸中期、京都で活躍した「石門心学」の創始者・思想家である。「正直」「倹約」がその主な主張である。この本の中で、江戸時代の医者は患者を診る時、「望(ぼう)」「聞(もん)」「問(もん)」「切(せつ)」(望診、聞診、問診、切診)と呼ぶ4つの診断法が紹介されている。以下にて説明する。
① 望診:病人の顔や姿を見て容態を観察する方法
② 聞診:患者に状態を聞く方法
③ 問診:不審に感じた点を尋ねて原因を探る方法
④ 切診:脈を診て病気を特定する方法
この方法は現在とほぼ同じと思われ、医学だけでなく人を見る要諦の様だ。マクロからミクロの視点へと絞り込んでいく人間の本質を見るポイントと感じた。この4つの方法をインタビューや観察の行為に当てはめたらどうであろうか。
例えば、その人の生活や価値観のインタビューの場合、以下のようになる。
① (望診)インタビューされる人(話し手)に望(臨)み、服装、持ち物、態度、話し方、振る舞いを見て、どういう価値観を持ち、どういう生活をしている人か大まかに推定する
② (聞診)話し手に価値観や生活などをマクロレベルからミクロレベルへと聞いていく
③ (問診)それに対して疑問点などを問う
④ (切診)最後に調査者は話し手が持参した「生活を記録したデータ」を見て、自分の持つ知識・体験と参照して、価値観や生活スタイルを特定する
この④の場合の"患者の脈"に相当するのが「自分の生活を記録したデータ」あるいは「自分が価値を感じる対象物を撮影した一連の写真やカタログの切り抜き」等が考えられる。これらの手法はマーケティングで使われているので、新鮮味はあまりないが、①から④までの一連のプロセスに位置づけされると新規性が発生し威力が増すのではないだろうか。ただ、これらはあくまでもオブジェクトに影響されたデータなので、どこまでがその人のインサイトか不明である。インサイトといっても大多数の人にとって元々何もなく、商品のPRや社会のムーブメントなど外界の情報により、架空の像をインサイトとして無意識に思い込んでいるのかもしれない。元々、人間は過去から蓄積されたその時代の情報を獲得しながら成長していくので、大多数の人はそれらの枠組み内での思考しかできない。従って、時代の変化とともにインサイトは変容していくのであろう。この仮説が正しければ、世の中に影響を与えているマクロ情報を把握すればある程度分かるのではないか。ミクロ情報は人間に係わる情報が多いので、「楽である」「便利である」「快い」等の身体面の情報、「ストレスが無い」「充実した気持ち」「居心地が良い」等の精神面での情報が考えられる。そうするとマクロ情報(社会・文化・経済、空間、時間など)×ミクロ情報(身体面、精神面)の組み合わせでインサイトを推定できるかもしれない。これらの項目をチェックリスト項目にすれば、検討漏れが無くなり作業が楽になるだろう。
観察の場合はどうだろうか?
その特性から順番を変えればよい。
① (望診)観察に望(臨)み、被観察者、システムや環境など全体を観察する
② (切診)被観察者の行動、システムや環境における痕跡などの過去のデータを採取する
被観察者の行動は観察者が見た時点で過去のデータとなるので、基本的には5W1Hでの過去のデータとなる。この際、5W1Hだけではなくシステムの機能(Function)とユーザのシステムに対する期待(Expectation)を付加して観察すると、システムと被観察者の目的が明確となる。両者の目的(期待)の間に大きな乖離がある場合、商品の魅力が低下する。5W1H1F1E(図1)はシステムの目的を決める時のキーワードである。これをシステムと被観察者の目的抽出に活用し、両者のズレを把握する。この際、ズレの重要度は[技術・コスト面での困難さ]×[ニーズの強さ]により、ウエイト付けされる。例として、以前数軒の家庭で主婦のクリーナーによる掃除を観察したが、クリーナーの目的(期待)の範囲と主婦の掃除の目的(期待)の範囲に新たなズレを発見し、改善を提案したことがあった(図2)。
③ (聞診)観察後に観察中に感じたことや被観察者に価値観や生活などを聞く
観察などの作業終了後に観察中感じた疑問などの質問をレトロスペクティブ(retrospective)というが、これを行う。
④ (問診)それに対して疑問点などを問う
どうも製品やシステムはそれらの属性(機能など)によりユーザの活動に影響を与えており、ほとんどの人はその影響下での使用に留まっている(図3)。雑貨の様な身近の商品ではその影響下から脱しているが、このような影響を受けている人々に質問しても新たな気付きを得る確率は低い。中にはエクストリームユーザや感度の高いユーザのようにその影響の閾値を超えて自分の価値観他に基づき使い込んでいる人々もいる。しかし、それが新しいニーズだと単純に飛びついて一般化しても良いのだろうか?この判断は観察者の知識量と体験量に依存する。新しいニーズと判断するのは、アンケートやインタビューをしても、曖昧性が残るので絶対ではない。アンケートを100万人に行った結果だから絶対とはいえない。最終判断は主観しかない。この主観を支えるのが知識量と体験量により実現する目利き力である。チェックリストには限界はあるが、この目利きを反映した内容にすればよい。それの7割程度担保できれば上出来だろう。
※先生のご所属は執筆当時のものです。
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