第50回 温かいデザイン(26)
2020.11.30 山岡 俊樹 先生
製品デザインの写真集を見ると、グレーの背景に綺麗な製品が写し出されていた。デザインされた形状は、美しく、バランスが良く、無駄がない。同様に建築の写真集も見ると完成した直後の写真(白黒の写真が多い)で、こちらも美しく、バランスが良く、質感を感じ、無駄がない。これらの製品や建物は日常の存在物であるが、見る者に非日常の世界からその存在を伝えている。特に白黒写真を使用しているのはそのためであろう。当然ながら生活感が全くなく、そのデザインの良さを抽象化して伝えているのみである。ある意味では、交響曲のような絶対音楽でもあるかもしれない。
一方、完成後何年か後の建物こそ、意図したデザインだという建築家(浦辺鎮太郎)もいる。建築雑誌で築何年後の住宅特集を組むときがあるが、そこに生活者の匂いがあり、存在感、ストリーがあり、感動するときがある。そこに生活とその時間軸、時間的経緯を見ることができるからだ。製品も同様で作家の使い古した万年筆などを見るにつけ、時間の流れを感じる。人間と製品・空間との関りのあった大切な時間を、第三者が共感することができるのである。なぜかある種の懐かしさを感じる。モノ・コトづくりでこのような関係が、人間と製品・空間との本質的な関係、SDGsを考える上で重要な視点となるのではないかと思う。こちらは演歌のようでもある。
マーケティング界の大家、コトラー(Philip Kotler)は、今後の商品の主役となるのは「シンプル」だと提言した。消費者に短期間で商品を購入させ続ける計画的陳腐化に批判し、その対極にあるのがアウトドア用品の米パタゴニアの活動であると指摘している(日経ビジネス、2020年11月9日号)。大量生産・大量消費の時代は終わり、SDGsを考慮することが、今後のモノづくり、人類が生き延びてゆくための大きなベクトルであろう。「シンプル」の考え方は脱近代化のインデックス(指標)になるかもしれない。
シンプルの良い例がある。今まで、興味本位で様々なスプーンを購入してきた。有名なデザイナーがデザインしたもの、使用目的が明確なスプーンなどである。その中で一番愛用しているのが、図1のスプーンである。10年ほど前、大阪で毎年4月に開催されているバリアフリー展で購入した。どこのメーカーか忘れたが、非常に使いやすいので、どうかと勧められ手に入れた。柄が長く万能型のスプーンで手にフィットし、非常に満足している。これ一本あれば十分でコトラーのいうシンプルな生活が実現する。

図1 愛用のスプーン
モノと人間を濃密な関係にすることが、今後のモノづくりに必要と考えている。人間工学でいう人間―機械系(Human -Machine Interface)を従来の効率優先の無機的な関係ではなく、有機的関係(図2)に変えなければいけない。つまり、人間と機械とのやり取り(Interaction)を温かいデザインによる「共感」「短い心理的距離感」の関係に変換することである。これによりモノとしての存在感が生まれ、計画的陳腐化が減少し、SDGsは更なる展望が開かれるであろう。

図2 人間とモノ(システム)との有機的関係
※先生のご所属は執筆当時のものです。
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