第92回 ホリステックな考え方(2)

2024.5.31 山岡 俊樹 先生

 江戸時代中期に富永仲基(なかもと)(1715年-1746年)という天才がいた。彼の代表作「出定後語(しゅつじょうこうご)」の中で大乗非仏説を唱え、大乗仏教の経典は釈迦の教えを反映したものでなく、後世の人がつくったという説である。江戸時代で海外からの情報も無く、もっぱら、経典を読み込んで大乗非仏説を思考したのである。このとき彼は思考基準として、内容記述の繁簡、擬古的作為の強弱、排他的色彩の濃淡を考えた(日本思想体系, 富永仲基, 山片蟠桃, 水田紀久, 有坂隆道, p.671, 岩波書店, 1976)。これらの二項対立の概念から大乗非仏説のアイディアを構築したのである。

 彼の死後、彼の業績を再び世に知らしめたのが、東洋学の泰斗である内藤湖南(1866年-1934年)である。大正末に行われた新聞社主催の講演会の内容が、「大阪の町人学者富永仲基」という本にまとめられている。この本の中で、湖南は空間と時間に関する考えが無いと思想の根本が成立しないといっている(内藤湖南, 大阪の町人学者富永仲基, p.9, 青春文庫)。確かにその通りで、時空間は思考する上で重要な切り口である。

 以上のことから、あるシステム(例えば、日本経済、会社、家庭、モノ・コトづくり)を考える際、時空間の観点から二項対立の基準で全体を考えていくのが合理的のようである。我々が生きているのは時空間であるので、システムを考える際、この時間と空間をベースに考えていく必要がある。

 例えば、食生活を考えてみよう。時間軸として、1960年代ごろまではほとんど内食であったが、その後外食が増加し、さらに中食が出現してきた。空間軸としては、自宅での食事から外での食事という変化を読みとれる。これらの変化の潮流(構造)は生活の多様化である。この生活の多様化はラーメン屋さんの盛衰をみると納得できる。1960年ごろまでの一般的なラーメン屋さんは自製ではなくスープや麺を専門の業者から購入しつくっていた。ここにこだわりの無さを読みとれる。しかし、1990年代に入るとこのようなラーメン屋さんは姿を消し、代わりにスープや麺にこだわったオリジナルなラーメンが出現してきた。ここにこだわりの有無という二項対立の基軸をみることができる。このこだわりのベクトルはラーメンに限った動きではなく、世の中全般の動きでもある。

 地方都市の商店街を歩くと、この多様化やこだわりの流れに対応できていないため、シャッター街になっている。この多様化やこだわりが求められているということは、本質を求められていることでもある。従って、値段を下げて売るという安直な行為は意味が無く、自分の首を絞めることとなる。この「こだわり」は家電や自動車など他の製品全般にもいえる重要なキーワードである。このこだわりは住む地域や国によって変化するので注意を要する。昔、高品質にこだわった日本製の家電製品を東南アジアに輸出したが全然売れなかった。輸出先は低価格がこだわりであったためである。

 時間軸から過去のビジネスの動きを見極め、空間軸では今後どういう空間を考えなければいけないのか熟考しなければならない。この時空間のベクトルの下、二項対立のこだわりを主軸に考えていく必要がある。この当たり前のことを考えずに近視眼的な改良レベルでビジネスを行っている企業が多い。こだわりは徹底して考えないと出てこない。

 前号で紹介した目的を明確にすることは、そのシステムの構造を明確にすることであり、その本質を把握することでもある。つまり、目的から構造が絞り込まれ、それらによりシステムの本質が分かる。目的+構造=本質という関係である。二項対立の基準からどういうシステムにするのかと考えるのも、構造を特定するためである。目的と構造が分かるとシステム全体を認識することができる。

 システムの構造が直観的に分からない場合は、著者が提唱している仮説コンセプトの方法を使えばよい。あるシステムのさまざまな現象を観察し、それらを基にそのシステムの方針(コンセプト)を類推するのが仮想コンセプトである。この仮想コンセプトが問題あれば修正し、正しいコンセプトに直せばよい。

 昔、5月連休中にある温泉街で予約が取れず、たまたま空いていた旅館があり、電話で宿泊をお願いした。ところが、こういう時期だから割り増し料金をいただくと足元をみて回答してきた。ネット上では何もそのようなことは書いていなかった。しかし、泊まるところが無いので仕方なく予約した。入館すると他の部屋はお客がおらず、我々のみであった。提供された料理はお粗末な内容で、ネット上で書かれていたことと大違い。家族経営のようなのだが、なぜなのかと考えると、仮想コンセプトとして典型的な儲け主義といえるだろう(図1)。この儲け主義をさせている根底が「貧すれば鈍する」という構造ではないかと思った。経営が苦しくなるとその原因を考えずに、現状防衛に走り手軽な対応をしてしまう。

 思慮の浅い経営者はよくこのような泥縄式の対策を行うのだが、ビジネスの本質は時空間を考慮に入れ二項対立の観点から、顧客本位に視点を定めるというホリステックな視点が大事である。

※先生のご所属は執筆当時のものです。

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