第67回 温かいデザイン(43) サービスデザイン

2022.4.28 山岡 俊樹 先生

 3月末に横浜の自宅にもどり、階段下の倉庫を整理していたら図1の板状の表示部分がパタパタと変わる電気時計が出てきた。デジタル表示になっているが、実質はモーターの回転をパタパタ式に表示数字を変えている機械式構造であり、なんとなく温かいデザインと感じた。外観はシンプルでモダンなデザインであるが、時刻を告げるパタパタの時刻表示部分がいかにも人間的なのだ。アナログ式の腕時計や置時計をみていると過去から現在までの時刻を示しているようで、一方デジタル式のそれらは現在から未来へと時刻を示しているように感じる。

 つい最近、あるベテランのデザイナーと話をしていたら、拙著「デザイン3.0の教科書」で述べている温かいデザインになってきていると現状を指摘された。20世紀では豊かな生活にあこがれ、モダニズムの考え方が主流となり、機能、デザインなどは常に新しさを追究し、ユーザに訴求していた。その後、生活が豊かになると新しさだけではなく、人間にとって温かいという価値が高まってきているのであろう。

 機能性・合理性ではなく人間・自然を重視している現象を以下に示す。

①ユニバーサルデザインの考え方が1980年代中ごろから我が国に浸透した

 1987年ごろシカゴに出張に行き、宿泊した格式のある高級ホテルのエレベータ内に長椅子が置いてあった(図2)。通常の宿泊先はビジネスホテルであるが、市内で大きな展示会があり予約ができず高級ホテルに宿泊したため、通常のビジネスホテルではできない経験ができた。たかだか数階建てのホテルなのに、老人や障がい者他のためにこのような配慮に感動した。因みに、当時我が国ではこのような配慮をしているところを見たことがなかった。

②20世紀末に人間中心の規格ができた

 1999年にISO(International Organization for Standardization:国際標準化機構)から人間中心設計という規格ISO 13407が出て、翌年JIS Z 8530:2000(JIS=Japanese Industrial Standards:日本産業規格)として日本で規格化された。この規格は当時衝撃的で、我が国のモノづくりの原点を問われる事態になった。

③21世紀初頭に上記①②を包含する地球環境持続のための規格ができた

 2001年に策定されたミレニアム開発目標(MDGs:Millennium Development Goals)の後継として、2015年9月の国連サミットでSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)が、採択された。このSDGsは我が国の幅広い企業に多大なる影響を与えるものと考えている。

 以上の大きなうねりから以下のことがわかる。

①21世紀初頭にハードからソフトへ、さらに多様化への価値変動がおきた

 21世紀になってから20年も過ぎているのに、20世紀のモノづくりの成功体験から抜け出ていない企業が多い。京都と横浜のスーパーをチェックしているが、だれでも考え付く同じような商品ばかりである。家電製品も大半は同様である。そうなると価格が一番重要な要素となってしまう。消費者の琴線に触れるような商品は少ない。これだけ消費者の価値観が多様になっているのに、なぜか同じような商品ばかりである。

 例えば、スーパーで販売されている食パンの場合、狭い商品ジャンルに同じようなコンセプトの商品ばかりが並んでいる。健康用(高齢者、糖尿病予備軍、子供用他)、体力回復用(体力使用者、ビジネスパーソン用他)などの特徴ある商品をなぜ提供できないのか不思議である。ターゲットユーザ数が少なくなるので、コストが合わないと反論が出そうだが、市場は作り育てていくものである。また、食パンならばバター、各種ジャム、オリーブオイルなどをつけて食べる場合が多いので、それらの商品と一体化して、顧客の視点からその最適な組み合わせも説明するなどの配慮も必要である。こういう配慮も温かいデザインである。

②機能系から人間系の視点へ―――温かいデザインへ
・人間系の大きな視点が、ユニバーサルデザインや人間中心設計の考え方である

・人間中心の考え方は身体面だけでなく、精神面も包含される。2年前に一体型のミニコンポを欲しくなり、希望購入価格は10万以上15万以下程度で、最終的に米国製のチボリの木製の一体型ミニコンポにした。性能よりもデザイン重視で購入した。自宅の木製のデスクに置くには一番いいのと、机に向かっているとき常に目に入るからである。これこそが温かいデザインである。実際置いてみると、心が落ちつき、豊かさを感じた。対象となった日本製品は力強さ、端正さなど感じさせる典型的なモダンデザインで、とてもではないが木製の机の上には置けない代物であった。性能の良さをデザインで表現しており、ユーザに寄り添うデザインとは思えなかった。

③ミクロの視点からマクロの視点へ―――システム思考
・マクロの視点とは社会、自然などの大きな枠組みから考えるということである。総合化の視点といってもよい。ユニバーサルデザイン、人間中心設計やSDGsは、製品のみを考えるのではなく、社会などを包含して総合的に考えていかなければならない。デザイナーやエンジニアの役割が単体の完成を目指すのではなく、システムの完成を目指す方にシフトしている。

・特にSDGsでは様々な検討要素が多いので、システム的視点からの分析・統合が重要になる。

 最後に科学哲学者の坂本賢三が自著「先端技術のゆくえ」岩波新書、1987年で、このまま時代が進めば、人間が技術に奉仕する「技術の時代に」なるような気がすると不安を抱いていた。本人は「人間の時代」を希望していたが、35年後の現実は「人間の時代」に突入しているようである。

図1 パタパタ式のデジタル表示の時計

図2 ホテルのエレベータ内に長椅子(シカゴ)

※先生のご所属は執筆当時のものです。

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