第36回 温かいデザイン(12)

2019.08.31 山岡 俊樹 先生

 数年前、GUIの研究で有名な米国のパロアルト研究所に見学とディスカッションの為、訪問した。スタンフォード大学から歩いて、30分ぐらいのところである。受付で手続きをすると、そのロビーに男女高齢者の大きな白黒写真が飾ってあった。目にすると、即、感動を覚えた。モデルはヒスパニック系の人ではなかったかと記憶しているが、ある種の懐かしさや彼らの存在感に共感を得た。

 今年、学会の発表のため訪れた上田市で、ホテルサンルート上田に宿泊した。部屋に入ると図1のように壁面に上田に関係する神社と観音堂の白黒写真(図2)が飾ってあった。この写真を見た途端、上田に来ているのだなと実感した。何か不思議な気持ちにとらわれた。


図1 ホテル室内の白黒写真

図2 神社と観音堂の写真

 以前から、高齢者の顔はとても印象的で懐かしさを感じ、生きざまに共感していた。多分、その高齢者の今まで得た体験や生きざまが顔に表出しているのだろう。小学校入学前の頃だと思うが、母親の実家は船大工で、よく母に連れられて遊びに行くと広い作業場で祖父が大工道具を使って作業を行っていた。子供心にその圧倒的な存在感に感動を覚えた記憶がある。高齢者の顔はその歴史を背負っていると言っても過言ではないだろう。高齢者の顔には懐かしさ、生きざま、存在感などから、その心理的距離は短いと言えよう。存在感は場合によっては、心理的距離は遠いように思われる時がある。今回の論点は懐かしさ、生きざま、存在感などの総合化したイメージなので短いと考えている。

 一方、綺麗なカラー風景写真は、確かに美しいのだが、表面的な美しさなのだろうか、感動はするが、深い感動まで到達しない。しかし、白黒の風景写真で壊れかかった木造の小屋があると別の深い感動を生じるだろう。木造の小屋の歴史が読み解かれるためである。そこにいた人々の息遣いや風雨に耐えた小屋などとイメージが膨らんでゆく。だから感動を催すのである。一概には言えないが、カラーよりも白黒写真の方が存在感を伝えるには効果的であると思う。カラー写真だと見る人の感じる選択の余地がなくなり、思考・発想の自由度が減少する。白黒写真ならば、表示する情報量が少ないので、考える、感じる余地が増えるのであろう。

 図1、2の写真をみると黒い額縁で写真は白黒なので、一見表面的には冷たい印象を与えるが、実は宿泊者に温かい印象を与えている。この温かい印象というのは、宿泊者がこの地のイメージを広げ、共感を覚え、良いところに来たという感覚を得ることである。 つまり、心理的距離は短いのである。

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