第85回 思考の硬直・停止(その6)思い込み(固定概念)
2023.10.26 山岡 俊樹 先生
思い込みは誰でも持っている。日常の認知負担を軽減するためだ。しかし、この思い込み(固定概念)によって、生き方・思考が制約されてしまうという恐ろしさがある。
白取春彦が興味深い例を示している。多くの人は固定概念でいっぱいで、こういう人たちが建築デザイナーになって独立して仕事をしたいと決断したとする。そこで建築デザインの学校に入学し、そこを卒業後、有名な建築事務所に就職しようと計画する。このような考え方として、建築デザインは専門学校で教えてもらうという固定概念があり、建築事務所でキャリアを積むというのも固定概念だと断言している(白取春彦, 頭が良くなる逆説の思考術, P.61, (株)ディスカヴァー・トゥエンティワン, 2013)。確かにそうで、大変であるが、建築事務所に弟子入りして、勉強するという手もある。
私と同世代の内山節(たかし)という哲学者をご存じだろうか?都立高校の進学校にいたにもかかわらず、大学に進学せず独学で哲学を勉強し、東京での生活と群馬の上野村での農作業をした人である。生き方は既成の思い込みに依存せず、彼の哲学は生活からにじみ出たもので、頭でっかちの観念的な哲学者とは違い、共感を持てる。
大学4年生の時、毎日新聞社主催の毎日デザインコンペに出品した。このコンペは当時若手のデザイナーの登竜門で、1次審査を通過すれば、2次審査で順位をつける手順であった。提案したのは、シンク、調理台、コンロ、それらの上部には収納部、換気扇が一体となった省スペースのシステムキッチンである。一見すると天井まである収納家具のように見えるが、一体となったシンク、調理台、コンロ部分を引き出して使うという、その当時の住宅事情を考えたアイデアであった。運よく1次審査をパスしたが、2次審査のため縮尺模型を提出しなくてはならなくなった。その当時、模型は自分で作るものと固定概念があり、お粗末な模型を提出し落選してしまった。それでも新聞には自分の名前が出たが、大学の助手や知り合いの企業のデザイナーに相談すれば良かった。しかし、そこまで頭が回らなかった。それなりの出来の模型を製作すれば、最低でも入賞でき賞金が入るので、この金額をあてに専門のモデル屋さんを紹介してもらうという戦略をたてられなかった。その当時思ったのが知識と体験が無い場合、即断せず賢者に聞くということであった。今ならば、ネットで調べればその種の情報がすぐ入手できる。
紀元2世紀のローマ皇帝、マルクス・アウレリウスは5賢帝の最後の皇帝である。この人が自省録を書いている(超訳 自省録, エッセンシャル版, 佐藤けんいち編訳, (株)ディスカヴァー・トゥエンティワン, 2023)。その中に「思い込みを捨てれば不平は消える」(C54)、「思い込みは自分次第でどうにでもなる」(C59)と指摘している。確かにその通りで、この考えは自分を縛っている思い込みではと考えることも必要であろう。特に、我々を縛っている「学生はこうあるべき」「女性はこうあるべき」「教員はこうあるべき」「サラリーマンはこうあるべき」などの「べき論」は要注意である。この「べき論」はその時代の価値観を反映したものなので、現在そぐわないのが多い。
この「べき論」はファッションや髪形などにも影響を与えている。アーティストはなぜ長髪が多いのか?反体制を標榜するためなのか?自分の存在のオリジナリティを示すためなのか?
一方、皆川明というファッションデザイナーは、ファッション界の「べき論」から逸脱し、日常に視点を置いたデザイン哲学で各種ビジネスを行っている(皆川明, 生きる はたらく つくる, (株)つるとはな, 2020)。この人のデザインはカタチからはいるのではなく、日常からはいるという強力な武器を使っている。だから、髪形、ファッションはわざわざ特異な表現をせずとも、普通で充分なのだろう。因みに、彼は偶然ファッションの展示会を手伝ったことから、ファッションに興味を持ったそうだ。そこでファッションの作業現場で働き、夜間の専門学校に行ったが、あまり効果が無いと途中退学している。
思い込みは帰納法(induction)によって生み出される。帰納法は観察されたデータ(外延:extension)などから、データの共通部分(内包:intension)を探し出す方法である(図1)。帰納法は科学の基本手法であるが、経験則なので危うさが付きまとう。例えば、白鳥を見るとその色が白いので、白鳥の色は白と思い込んでいたら、ある時黒い白鳥が現れたという事実から、白鳥の色は白という法則は瓦解した。
※先生のご所属は執筆当時のものです。
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